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 新型コロナウイルス感染症の拡大による緊急事態宣言の発令、そして解除。未曽有の事態が世界を襲っている。ITエンジニアには、基本的にリモートワークに移行した人も多いだろう。

 筆者もエンジニアの1人として考えると、通勤によるストレスや時間のロスを軽減できるメリットは大きいと思う。特に自宅が作業効率の高い環境の場合は、生産性向上につながった人は多いのではないだろうか。不幸中の幸いだが、このように働き方の選択肢が増えたことは喜ぶべきことだ。

 一方で経営者の1人としては、別の側面が見えてきている。中には、一部のエンジニアにとっては“デメリット”となり得る部分もある。

 コロナ禍の中、経営者は何を考え、どんな議論がなされているのか。その中から、特にエンジニアの皆さんに知っておいていただきたい3つのトピックを紹介する。「生産性の可視化」「教育投資の減少」「ジョブ型雇用への傾倒」である。

個人の生産性が数値化される

 まず、「生産性の可視化」について見ていこう。ソフトウエアエンジニアリングの世界では、これまでも作業の進捗や機能品質などはチェックされていた。だが「Aさんが今日、2000行のコードを追加して、500行のコードを削除した」といった定量的な数字を細かく確認していた企業は多くはなかったのではないだろうか。現場レベルで把握していたとしても、それが経営メンバーに報告されることはまずなかったのではないかと思う。

 経営としてはあらゆる指標を定量的に見て判断することが望ましいが、中間指標が明らかになるのは息苦しいことでもある。だが今回の半ば強制的なリモートワークへの移行により、それをせざるを得なくなった。リモートワークがきちんと機能しているかを把握するために、チームだけでなく個々人の生産性を可視化する必要が出てきたのだ。信用、信頼、プロセスといった定性的な指標に基づくマネジメントから、結果ベースの定量的なマネジメントがより深化したといえる。

 これが、どうして一部のエンジニアにとって“デメリット”になる可能性があるのか。現在は、ソースコードの変更履歴を確認できる「git log」などからある程度の定量的データを引き出すことができる。細かなログがあるおかげで、各チームの生産性(この時点では生産量ともいえる)の可視化は比較的簡単である。「リモートワークにおけるチーム全体の生産性のマネジメント」が本来の目的だったはずだが、その際に「エンジニア個々人の生産量」という副産物が可視化されてしまった。これは「見たかった」のではなく、「見えてしまった」という表現が最も正しいのではないかと思う。

 これが、国内のさまざまな企業で起こっているようだ。筆者はCTO(最高技術責任者)経験者などが集まる日本CTO協会の理事を務めているが、その活動を通じても、かなり多くの企業で定量化、見える化の動きが進んでいることを実感している。

 あるチームにおいては、トップエンジニアと一般のエンジニアの生産量の差が10倍以上に及ぶこともあるというデータが得られた。感覚的には誰もが分かっていたことが、数字のエビデンスをもって経営層にもその差が知らされることになった。これが見えてしまうことで何が起こりうるかといえば、「5人分の生産量を担保できるエンジニアを、3倍の給与を出して採用した方がROI(投資対効果)が高い」ということだ。