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 「IBMのプレスリリースには感謝する。多くの報道機関がこの科学的な論争を扱ってくれたからだ」。

 米グーグル(Google)で量子コンピューター開発を率いるジョン・マルティニス(John Martinis)チーフサイエンティストは2019年12月11日(米国時間)、米サンノゼで開催中の量子コンピューター国際会議「Q2B」に登壇し、「量子超越性」を巡る米IBMとの論争に言及した。

米グーグル 量子ハードウエア チーフサイエンティストのジョン・マルティニス(John Martinis)氏
米グーグル 量子ハードウエア チーフサイエンティストのジョン・マルティニス(John Martinis)氏
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 グーグルは2019年10月、独自開発した量子プロセッサー「Sycamore(シカモア)」で量子乱数生成の演算を実行し、現時点の「古典的」なスーパーコンピューター(スパコン)が1万年かかる計算を200秒で実行できたと公表。量子コンピューターの性能が古典コンピューターを超える量子超越性を達成したと主張した。

 これに対してIBMは「スパコンなら最長でも2日半で計算できる」と反論した。グーグルが示したスパコンの計算がメモリーのみを使っているのに対し、より大容量のHDDを併用すれば高速に計算できるという。

 マルティニス氏は「(この論争で)多くのコメントをもらったが、誰も私の論文をきちんと読んでいないのではないか」として、プレゼンテーションで論文の一節を引用した。

科学雑誌「Nature」に掲載されたSycamoreの論文に載せた一節(上部の「We expect~」)を紹介
科学雑誌「Nature」に掲載されたSycamoreの論文に載せた一節(上部の「We expect~」)を紹介
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 引用した一節は「今後、論文で示したスパコンの演算よりも高速なアルゴリズムが登場するだろうが、量子プロセッサーのハードウエアの進化の方が常に早いと期待している」との意味である。「その点で(IBMの主張に)驚きはない」とマルティニス氏は語る。

 そのうえでマルティニス氏は、現時点でIBMの主張は実験結果ではなく提案(proposal)に過ぎず、さらにSycamoreの53量子ビットに4量子ビットを加えれば計算に必要な容量がスパコンのHDD容量を超えるとして、「来年、4ビット加えたSycamoreと、大量の電力を消費するスパコンのアルゴリズムを競わせてみようか。我々は引き続き量子コンピューティングの勝利を宣言できるだろう」と語った。

産業応用は「まだまだ先」

 マルティニス氏のIBMに対する「挑発」は、現時点での量子コンピューティングの実力を示すものでもある。量子コンピューターにとって有利な計算である量子乱数生成を基に「超越性」を示したものの、追従不能なほどの大差をつけるには至っていない。まして、実用的な計算について古典コンピューターを凌駕する「量子優位性(Quantum Advantage)」には達していない。

 Sycamoreのような「NISQ(ノイズがありスケールしない量子コンピューター)」に分類できる量子プロセッサーにおいて、現時点で最も有望な用途は「量子化学シミュレーション」とされる。分子中の電子状態を厳密にシミュレートすることで、高効率な触媒の開発などにつながると期待されている。

 IBMはマルティニス氏に続く講演で、古典コンピューターで厳密にシミュレートできる最大規模の分子としてペンタセン(C22H14)を挙げた。量子ビット数をさらに増やし、ペンタセンを超える複雑な分子をシミュレートすることが量子優位性の条件になるという。

IBMは量子コンピューターによる量子化学シミュレーションの目標としてペンタセンを挙げた
IBMは量子コンピューターによる量子化学シミュレーションの目標としてペンタセンを挙げた
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