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 「量子コンピューターの実機は既にある。我々は次の段階として、量子コンピューターの有用なアプリケーション(用途)を真剣に探索するときだ」

 カリフォルニア工科大学で理論物理学を教えるジョン・プレスキル(John Preskill)教授は2019年12月11日(米国時間)、米サンノゼで開催された量子コンピューターの国際会議「Q2B」の講演でこのように述べた。

カリフォルニア工科大学で理論物理学を教えるジョン・プレスキル(John Preskill)教授
カリフォルニア工科大学で理論物理学を教えるジョン・プレスキル(John Preskill)教授
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 米グーグルは2019年10月、既存の古典コンピューターをはるかに超える計算能力を持つと示す「量子超越性」を実証したとする量子プロセッサー「Sycamore(シカモア)」を発表した。2019年はこうしたハードウエアの進化に加え、量子コンピューティングのアルゴリズム開発や実応用への検討が急速に進んだ年でもあった。

 現行の暗号を解読できるとされる「万能量子コンピューター」ではなく、現在入手可能な「NISQ(ノイズがありスケールしない量子コンピューター)」に向けたアプリケーションを世界各国の研究者が探索している。米グーグルで量子アルゴリズムのチームを率いるリャン・バブシュ(Ryan Babbush)氏は「NISQ向けアプリケーションはまだ性能が不確かで適応領域もニッチだが、将来は有望だ」と語る。

 量子コンピューターの研究者が集結したQ2Bの3日間で、NISQのアプリケーションについて何が語られたか、紹介しよう。

量子化学シミュレーションに特化した量子プロセッサーが登場?

 Q2Bに登壇した科学者やビジネスアナリストらが掲げたNISQの有望なアプリケーションは大きく3つに分類できる。「量子化学シミュレーション」、「量子最適化」、そして「量子機械学習」である。

 このうち量子化学シミュレーションは、量子コンピューターという概念を最初に提案した科学者、故リチャード・ファインマン氏が当初から掲げてきたアプリケーション「量子力学のシミュレーター」という発想に近い。

量子コンピューターを量子化学シミュレーションに応用する米IBMと三菱ケミカルの論文(IBMの発表より)
量子コンピューターを量子化学シミュレーションに応用する米IBMと三菱ケミカルの論文(IBMの発表より)
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 特に、誤り率が高くゲート演算の回数が限られるNISQでも実行できるとして研究が急速に進んでいるのが「VQE(Variational Quantum Eigensolver、変分量子固有値ソルバー)」と呼ばれるアルゴリズムだ。量子コンピューターと古典コンピューターを組み合わせ、エネルギーの基底状態を近似的に算出できる。

VQEの研究が急速に進展している(米QCウエアの発表より)
VQEの研究が急速に進展している(米QCウエアの発表より)
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 NISQ実用化の先兵としてVQEを挙げる専門家は多い。Q2Bを開催したスタートアップ、米QCウエアのビジネス開発担当責任者であるイアンニ・ガンブロス(Yianni Gamvros)氏は日経 xTECHの取材に「化学メーカーや材料メーカーを中心に、3~5年には(古典系を上回る)有用な成果を得られるのではないか」と答えた。

 同会議に登壇した米マッキンゼー・アンド・カンパニー シニア・マネジメント・コンサルタントのダニエル・ボルズ(Daniel Volz)氏も「量子コンピューターの本格的な事業応用を最初に始めるのは化学メーカーだろう」と予測する。化学メーカーは既に密度汎関数法(DFT)など分子の物性シミュレーションでスーパーコンピューターを多用しており、スパコンの補完として量子コンピューターを導入するハードルは低いとみる。「最初のアプリケーションは触媒の探索になるだろう」(ボルズ氏)。

マッキンゼー・アンド・カンパニーが示した、量子コンピューター実用化に伴う各業界のインパクト
マッキンゼー・アンド・カンパニーが示した、量子コンピューター実用化に伴う各業界のインパクト
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 ただし、実用化する上ではハードウエアの進化も欠かせない。Q2Bに参加した国内化学メーカーの技術者は日経 xTECHの取材に「複雑な分子を計算する場合、(Sycamoreなど)現在の量子コンピューターはゲート操作1回当たりの誤り率が高すぎる」と語った。「今後は量子化学シミュレーションで頻出するゲート演算を最小回数の操作で実現して誤りを抑えるような、量子化学シミュレーションに特化して設計された量子プロセッサーが求められそうだ」(前述の技術者)。

最適化や機械学習への応用はもう少し先か

 量子化学シミュレーションに続いて実用化への期待がかかるのが「最適化」の計算だ。最短で目的を達する経路の探索といった最適化問題について、厳密解ではなく近似解を導く事を目指す。商用化で先行するカナダ・ディーウエーブシステムズの量子アニーラー「D-Wave」が目指すアプリケーションとほぼ重なる。

ネットワーク経路の最適化に量子コンピューターを応用する米航空宇宙局(NASA)の提案
ネットワーク経路の最適化に量子コンピューターを応用する米航空宇宙局(NASA)の提案
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