日本生命保険がデジタル武装を急いでいる。最先端のITを盛り込んだタブレットやスマホを数万台規模で配布。接客品質の改善にAIもフル活用する。期限は5年。130年の歴史を持つ生保最大手が挑む、怒濤のAI変革の全貌に迫った。
「生保業界はデジタルトランスフォーメーション(DX)の影響が避けられない」。2019年9月、東京・お台場。日本生命保険の清水博社長は海外のグループ会社の経営トップを集めた「グローバル・エグゼクティブ・フォーラム」で、こう言い切った。
米国、インド、中国、ミャンマー、インドネシア。会場には世界各地からグループ会社8社のトップら約50人が集まった。テーマは「デジタル技術を駆使したイノベーション」。グループ会社が一堂に会して意見を戦わせ、有益な事例や知見、価値観を共有する狙いがある。
DXを収益力底上げの切り札に
日本生命が同フォーラムを始めたのは2018年から。デジタルをテーマに据えたのは初めてだ。背景には清水社長の強い危機感がある。
日本生命の2019年4~9月期の連結業績は売上高に当たる保険料等収入が前年同期比6.2%増の2兆9503億円。個人向け保険(年金を含む)の保有契約件数は2019年9月末で3547万件。いずれも国内生保で首位だが、先行きは楽観視できない。日銀の異次元緩和に端を発した超低金利や少子化、異業種からの生命保険業への参入などに直面している。清水社長は「マーケットリーダーであり続ける」と話すが、実現は簡単ではない。
生保の契約期間は一般的に数十年に及び、運用期間も長いため、経済情勢などの変化が即座に経営成績に表れにくい。しかし5~10年単位でみれば、マイナスの影響は避けられない。ITと保険を融合した「インシュアテック」分野の新興企業も脅威になり得る。
「ノーデジタル、ノーライフ」。就任から2年弱、清水社長はデジタル化を念頭に事業に取り組むよう、従業員の意識変革を促す。「デジタルをどんどん取り込まないと、顧客のニーズや行動様式に我々の商品やサービスが合わなくなる」(清水社長)。
とはいえデジタル技術やその適用分野は多岐に渡り、危機感をあおるだけでは掛け声倒れに終わりかねない。日本生命は場当たり的な取り組みを避け、成果を最大限に引き出すため向こう5年間のDXの「羅針盤」を作った。それが「デジタル5カ年計画」だ。
保守的な企業文化の改革も
同計画は清水社長肝いりで新設したデジタル推進室がとりまとめた。清水社長自身が同計画の具体策などを検討する委員会のトップに就き、旗振り役を務める。清水社長は「デジタルに代表される新たな試みはボトムアップだと議論が進まない」と話す。
期間は2019~2023年度までの5年間とした。中期経営計画で一般的な3年間とせず、あえて5年間にしたのは「2021年度から始まる次の中期経営計画を見据えた」(日本生命の花渕惣祐デジタル推進室兼総合企画部調査役)ためだ。現在の中計は2020年度いっぱいで終わる。次期中計の期間をカバーするには、5年という期間が必要だった。5カ年計画の中身については、次期中計やITの技術進歩を踏まえて随時見直す。
日本生命は生保という商品を扱っていることもあり、企業文化は保守的だ。ITに関しても安全性などを実証済みの「枯れた技術を使う」(日本生命の練尾諭IT統括部IT統括課長)考え方が根強い。同計画はそんな企業文化にもメスを入れ、最先端技術の活用にも積極的にチャレンジする風土を醸成する。
とはいえ一足飛びに変革を進めることは難しい。そこで、まずは既存業務の変革を急いでいる。従来の企業風土を残したままでも推進しやすいからだ。代表例がRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の導入と、約5万人の営業職員(保険外交員)向けのタブレットの全面採用だ。