ウィズコロナのニューノーマル時代を迎えたいま、私たちの生産と消費には大きな変化が訪れている。様々な業界が戦略転換を迫られる中で、次の一手として期待が高まるのが非接触テクノロジーの活用である。その応用が拓くこれからのビジネスについて、ドイツStatista(スタティスタ)が提供する世界の統計や市場調査データを基に考察する。まずリテール(小売)業界を取り上げ、4回にわたって連載する。前回は、自動化技術が買い物客に利便性をもたらす上に、「顧客の行動把握」という価値を生み出すこと、そして有望な商業向け監視カメラ市場について解説した。第3回の今回は、ビーコンやRFIDの活用から生まれる新たな商機について分析する。
ビーコンと言われて、「今さら?」と思う読者は多いかもしれない。日本では2013年の「iBeacon」の登場とともに、様々な位置測位とマーケティングに関する実証実験が行われた。しかし、その勢いは既に衰えたかに見える。理由はたくさんある。実証実験が盛んだった当時のエンドユーザーの受容度が低かった(Bluetoothをオフにする人が多かった)ことや、むやみなプッシュ通知など低レベルのUX(ユーザーエクスペリエンス)、そもそも利用メリットのないスマートフォンアプリのインストールを強いていたこと、機器の設置ノウハウをはじめとする技術的な知見不足などである。
POC(概念実証)疲れで一周巡った2020年のいま、改めて3年前(2017年)の事例に目を向けてみたい。米Groove Jonesと米LocusLabsによる、米American Airlines(アメリカン航空)の米国ダラス空港での「AR道案内」である(図1、図2)。


空港ターミナルに埋め込まれた多数のビーコンとユーザーのアプリが連動し、一人ひとりに最適化した道案内を実現している。大きな空港ではしばしば搭乗時間にゲートへたどりつけるか心配になるが、こうしたストレスを軽減する。それだけではなく、ユーザーに合わせた様々な提案を行う。
英国ヒースロー空港の事例では、さらに一歩突っ込んだパーソナライゼーションを実現した。空港へ行くトラムのチケットの属性に応じて、例えば親子連れにはカフェのキッズミールのAR看板を表示した。データ連携による広告も実施。高級ブランド愛好者に時計や自動車の広告を表示するなどした。また、使用言語に合わせたバーチャル看板を実現。例えば中国人客にはトイレの案内を中国語で表示したりした。
空港を1つの商業施設として考えれば、滞在時間中の客単価は重要なビジネス指標である。紹介したAR道案内は、客単価向上という目的に直結したARだといえる。
リテール分野でのビーコン利用は飛躍的に伸び、2016年から2026年までの10年間で90倍の市場規模になると見込まれている(図3)。
英国とフランスの大手小売店への調査に目を向けてみると、全体の48%がビーコンに直近1年で投資したという回答が得られている。連携対象としてのモバイルアプリに投資したとする小売店は全体の68%におよび、決済(ペイメント)、AR/VR、その他の分野とも相まって、リアル店舗での非接触体験が加速していることを示唆している(図4)。
ただ、店舗における顧客情報の収集方法は必ずしもビーコン一辺倒というわけではない。国・地域によって状況は異なる。例えば、買い物のオンラインシフトが加速中のIoT大国、中国の状況を見てみよう。
図5に、中国の百貨店における顧客情報収集の手段を示した。会員カード/メンバーシップ(ポイントなど)がトップなのは当然として、目を引くのは、店舗Wi-Fiが2位につけていることだ。店内で接続されているアクセスポイントの場所や信号の強弱を利用して、位置情報を三角測量の要領で測定する方法である。店舗Wi-Fiのログイン時に必要となるベーシックな個人情報を組み合わせることで、豊かなデータソースとなり、顧客行動の可視化へと大きく前進するだろう。施設側としては設置する機器の数がビーコンより少なくて済む。BYOD(Bring Your Own Device)のような手法で顧客理解を深めてしまおうという、効率的な考えが見て取れる。