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英国郵便局の窓口業務を手がける英ポストオフィスで大量の冤罪(えんざい)が生じた。長年にわたって郵便局長550人に、誤って横領の罪を着せていた。20年ほど前に構築した勘定系システムにバグがあり、窓口の現金とシステム上の残高に不整合が頻発していたのが原因だった。ポストオフィスは同社を訴えていた郵便局長に合計5800万ポンドを賠償する。

 英国の高等裁判所に相当する高等法院は2019年12月16日、英ポストオフィスに対して550人の元「サブポストマスター」へ合計5800万ポンド(約83億円)を支払うよう命じる判決を下した。サブポストマスターとはポストオフィスと雇用関係が無い独立した事業主で、ポストオフィスから委託を受けて郵便局を運営している。日本語に直訳すると「副郵便局長」だが、実質的には郵便局長である。

 アラン・ベイツ氏を代表者とする元サブポストマスターのグループは2016年、ポストオフィスによっていわれなき横領の罪を着せられたとの訴えを起こしていた。運営する郵便局の窓口における現金の残高とポストオフィスの勘定系システム「Horizon」が記録する残高とが一致しなかった際に、ポストオフィスから「現金を横領していた」と疑われた。そして2000年代前半以降、現金の不足分を弁償させられたり、横領の罪で警察に告発され逮捕・投獄されたりしていた。これらの損害を賠償するようポストオフィスを訴えていた。

 この訴えに対して高等法院のピーター・フレイザー判事は、残高不一致の原因は勘定系システムであるHorizonの不具合にあったと認定した。そのうえでポストオフィスは元サブポストマスターに謝罪して賠償金を支払えとの判決を下した。勘定系システムのバグが何人もの元サブポストマスターに無実の罪を着せ、人生を狂わせていたことになる。

 フレイザー判事が下した313ページの判決文や付属する114ページの技術資料などを基に事件の詳細を見ていく。

アプリはCとVisual Basicで開発

 問題があると認定されたHorizonは、ポストオフィスが2000年に運用を開始した勘定系システムである。英国の郵便制度は民営化されており、郵便事業を手がける英ロイヤルメールと、郵便局の窓口業務を手がけるポストオフィスなどが存在する。ポストオフィスは英国内に約1万1500の郵便局を展開し、郵便サービスに加えて年金受取口座や保険販売といった金融サービスや、提携する銀行の窓口サービスなどを提供している。現在のHorizonはこれらの窓口業務を支え、1日当たり600万件以上のトランザクションを処理している。

 2000年に稼働した当初のHorizonは「レガシーHorizon」と呼ばれており、国民が郵便局で年金を受け取るためのシステムとしてまず導入された。判決文に付属する技術資料によれば、英国の郵便局における業務は1990年代まですべて紙ベースであり、これが初めての本格的なシステム導入だった。

 レガシーHorizonは各郵便局内で稼働するブランチ(支店)サーバーと、窓口端末で稼働するクライアントソフトウエアによって構成するクライアント/サーバー型だった。基本的には各郵便局内だけでトランザクション処理が完結する非同期型のシステムであり、CとVisual Basicで開発していた。ブランチサーバーのデータベース(DB)管理システムは「Oracle Database」だった。

 ブランチサーバーのDBは本社サーバーのDBとバッチ処理で同期する仕組みで、この部分にはオランダのIT企業が販売する郵便業務向けのミドルウエア「Riposte」を使用していた。ブランチサーバーと本社サーバーとの間の通信にはISDN回線を使用していた。