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バンドルするセキュリティーソフトの契約を巡り、パソコン販売店の「ドスパラ」を運営するサードウェーブが米マカフィー日本法人に計約16億円の損害賠償を求めた裁判。東京地方裁判所は2022年4月22日、マカフィーが「事実に反する説明を繰り返した」として不法行為を認定し、同社に損害賠償を命じた。裁判記録を基に、一審判決の経緯を読み解く。

 サードウェーブは全国の販売店やEC(電子商取引)サイトで、自社ブランドのパソコンを販売している。ユーザーが事前にパーツやソフトウエアを選んでから製造・販売するBTO(受注生産方式)パソコンだ。同社はこのBTOパソコンに、セキュリティーソフトをバンドルする契約を米マカフィー日本法人と結んでいた。サードウェーブは購入者が同ソフトのライセンスを更新すればその代金の一部をマカフィーから受け取れ、マカフィーも自社製品の初期搭載でユーザー獲得に直結するため、双方にメリットがあった。

 だが、このバンドル契約の結果生じた損失や、マカフィー担当営業の説明を巡り、両社の意見に食い違いが生じた。争いは最終的に法廷の場に持ち込まれた。

図 サードウェーブ/マカフィーの主張と東京地裁の判決
図 サードウェーブ/マカフィーの主張と東京地裁の判決
東京地裁はマカフィーの不法行為を認め、2300万円の支払いを命じた
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波乱起こしたマカフィー営業M氏

 両社の関係の始まりは、約13年前に遡る。サードウェーブは2009年10月、マカフィー製セキュリティーソフトをバンドルする契約をマカフィーと結んだ。このときの契約条件を判決文は「当初モデル」と呼んでいる。同モデルは購入者が拒否した場合を除いて原則、90日間の無償版セキュリティーソフト「トライアル版」が初期搭載される。90日後に購入者が代金を支払って同ソフトのライセンスを更新すれば、サードウェーブはその金額の40%を受け取れる仕組みだ。同契約では、サードウェーブが自ら負担するライセンス料はなかった。

 状況が変わり始めたのは2013年。当時マカフィーの営業としてサードウェーブを担当していたM氏という人物が、後に波乱を巻き起こすこととなる。

 M氏は2013年7月、サードウェーブに新たな契約の提案を持ち込んだ。サードウェーブが販売する全パソコンにマカフィーの「15カ月版」の有償セキュリティーソフトを初期搭載するというものだ。購入者の注文画面で15カ月版をデフォルトで選択済みにしておき、購入者が自ら外さない限りインストールされる。サードウェーブは同ソフトのライセンス料としてマカフィーに1200円を支払う必要があった。

 M氏は、現状の契約(当初モデル)をやめて全てのパソコンに有償版を初期搭載する契約にすれば、サードウェーブが受け取るレベニューシェア(収益分配)が、3年間合計4039万円から6倍以上の2億6448万円になる見込みなどと説明し、契約を迫った。

 ただサードウェーブの担当者は、ここで提示された「購入者の40%がライセンスを更新する」という高い試算に違和感を抱いた。当時、「当初モデルにおいて無償トライアル版から有償版を購入した割合は3ないし8パーセント程度」(判決文)だったからだ。

 40%の妥当性をM氏に問うと、同様の契約をしているデル(現デル・テクノロジーズ)の過去の数値に基づくものと説明があった。更新率40%が高過ぎるとの疑念を拭いきれず、直ちに契約には至らなかった。結局、ユーザーが「有償版」「無償版」「なし」などを自由に選択できる取引モデル(判決文ではこれを「BTO②取引」と呼ぶ)で契約した。ここでもサードウェーブが自己負担するライセンス料はゼロだった。

M氏が再び全数搭載を提案

 BTO②取引の契約を開始して6カ月後の2014年3月、再びM氏はサードウェーブへ全パソコンに有償版を初期搭載する提案を持ち込んだ。ユーザーに選択権がある現状のBTO②取引から有償版の全数搭載取引に契約を変えることで、サードウェーブが受け取るレベニューシェアは、 3年間で6億4261万円に増えるとの試算を示した。さらにサードウェーブが初期に負担するライセンス料を1000円から600円に値下げし、レベニューシェアも40%から50%にアップするという提案だった。ここでもM氏が提示した試算は、更新率40%を前提としていた。

 判決文によると、サードウェーブは「本件資料のみでは更新率40パーセントという説明を信じなかった」(判決文)。ただ同社内部で更新率を40%から20%まで5%刻みで得られるレベニューシェアを試算し、更新率が半分の20%でもレベニューシェアでライセンス料を賄えることを確認した。同社とデルで会社の規模や顧客層は異なるものの、保守的な試算でもデルの更新率の半減にとどまるだろうと考え、2014年3月に同取引モデルで契約した。2014年4月から運用を始めた。