日本薬剤師会の電子版お薬手帳がサービス運営体制の岐路に立たされている。2022年6月、開発・運営を担うNTTドコモからサービス終了を告げられたためだ。日薬は「お薬手帳を扱う事業者としてあってはならない判断」と不満を示すが、ドコモを相手取った訴訟の提起などは検討していないとする。代替サービスの構築を含め、今後の対応について2022年内に結論を出す考えだ。
「継続的な薬学管理の重要なアイテムであるお薬手帳を扱う事業者としてあってはならない判断だ」――。
日本薬剤師会が提供する電子版お薬手帳「eお薬手帳」が終了の危機に直面している。2022年6月、開発・運営を担うNTTドコモから突如、サービス終了の方針を告げられたためだ。日薬は2022年8月30日、各都道府県の薬剤師会担当役員に送付した文書で冒頭のように不満をあらわにした。
電子版お薬手帳は2011年3月11日の東日本大震災をきっかけに必要性の認識が広まり、実用化が進んだ。紙のお薬手帳を持ち出す余裕がなく避難した被災者でも、常に持ち歩くスマートフォンなどにお薬手帳の機能があれば普段服用している医薬品やアレルギーなどを迅速に確認できる。慢性疾患や持病を抱える人にはライフラインにもなり得る。日薬とドコモの間で一体、何があったのか。
基本合意から4年で提供終了へ
日薬は2019年12月からeお薬手帳を提供している。大阪府薬剤師会が四国電力系の通信事業者STNetと2013年2月に実験し、サービス化した「大阪e-お薬手帳」と同様のシステムを「日薬eお薬手帳」として2015年7月1日から全国展開。その後、両サービスをeお薬手帳として統合した。副作用やアレルギー、既往歴といった薬の調剤に必要な基礎情報や処方の履歴などをアプリで管理できる。
ドコモがeお薬手帳の開発・運用を引き受けたのは2019年だ。それまではSTNetが担っていたが、ドコモが展開する電子版お薬手帳サービス「おくすり手帳Link」とサービス基盤を統合する形で引き継いだ。2019年3月の基本合意以降、ドコモは電子版お薬手帳アプリ、お薬手帳データ管理サービス、薬局向け業務システムの運用、日薬は電子版お薬手帳の提供と普及啓発、STNetは地域医療情報連携ネットワークとの連携を担う体制となっている。
2019年当時、日薬と大阪府薬剤師会の電子版お薬手帳は薬局を中心に全国約4000施設が利用していた。一方のドコモは電子版お薬手帳を約5500施設に提供。サービス統合時、ドコモが開発・運用する電子版お薬手帳は合計で50%ほどのシェアを持っていたとみられる。統合は利用者の増加や投資効率の向上により、より高付加価値なサービスの安定的な供給を目指すことを目的に合意に至った。
ところが、事態は急転する。ドコモと2022年6月20日に実施した面談で、おくすり手帳Linkの終了を告げられたのだ。ドコモは2021年4月にオンライン診療システムを手掛けるメドレーとの資本業務提携を発表し、同年12月からオンライン診療・服薬指導アプリ「CLINICS」の共同運営を始めていた。患者向けアプリはCLINICSに統合するため、おくすり手帳Linkは2023年9月30日で終了するというものだった。
日薬によると、ドコモはサービス終了について「経営上の判断」と説明。サービス統合時はユーザー増による投資効率の改善でアプリの品質向上などを見込んでいたが、競合との差異化を図れなかったことなどを理由に挙げたという。日薬で情報システム関連の委員会を担当する原口亨常務理事は「アプリのUI(ユーザーインターフェース)や処方せん画像送信機能の改善などを何度も提案したが、ドコモの動きは鈍かった。差異化できなかったと言われても納得できない」と話す。日薬は交渉の余地を探ったが、ドコモは「決定事項」との一点張りだったという。
ドコモは日経コンピュータの取材に対し、おくすり手帳LinkのCLINICSへの統合で「診療や服薬の指導管理などを一気通貫で受けられ、アプリ利用者の利便性や健康の向上につながる」(高岡宏昌常務執行役員スマートライフカンパニーヘルスケアサービス部長)と意義を強調した。CLINICSの運営に加わったことで「経営資源を一本化した」(同)と判断の背景を説明する。