東京大学の松尾研究室に在籍中、仲閒6人で起業したACES(エーシーズ)。自社開発のアルゴリズムで勝負する新進気鋭のAIスタートアップだ。大手企業と協業するなど順風満帆の同社だが、起業時には挫折も味わった。
2017年創業のACESは、ディープラーニング(深層学習)研究で著名な東京大学松尾研究室から巣立ったスタートアップだ。自社開発したAI(人工知能)を活用し、顧客企業のDX(デジタル変革)プロジェクトの支援と、営業支援などのSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)の提供の両輪で事業を営む。SOMPOホールディングスやバンダイナムコ研究所などとの協業実績もある。
そんな新進気鋭のACESを率いるのがCEO(最高経営責任者)の田村浩一郎、AIの若きスペシャリストだ。田村はACESを起業した後も経営者と学生の二足のわらじを履き続け、松尾研究室では金融工学におけるディープラーニングの応用研究に取り組んだ。2022年3月には博士(工学)の学位も取得している。
大学生時代はトレーダー
田村は小学生の頃から非合理なことが嫌いだったという。中学校で周りの生徒が必死でノートを取っているのを見渡して、「先生は何で黒板に書いているんだ。生徒にプリントを配れば済むじゃないか」と思ったりした。「いちいち斜に構えている子供だった」。田村は笑いながらそう振り返る。
そして数学とゲームが好きだった田村は、いつからか「資本主義って面白い」と思うようになったという。株式投資などに興味を持ち、大学進学後は個人トレーダーとして投資で成果を出せるまでになった。その延長でファンドに就職することを考えた田村は、金融と話題のAIの両方を学べるという理由から松尾研の門戸をたたいた。
転機をもたらしたのは、米グーグルが2017年に発表した深層学習モデルTransformerだった。このモデルをベースにした機械翻訳は、格段に質が向上したことで注目された。刺激を受けた田村は、漫画の外国語への翻訳がビジネスになると考えた。そこで松尾研のメンバーを中心に友人6人と共に会社を興す。それがACESだった。
当時、既に金融機関から内定を得ていたが、田村はそのときの心境を「資本主義で勝ちたくなった」と表現する。単に就職するのではなく、起業で成功を目指す方向に進路を変えた。
だが、事業の見通しは甘く漫画事業はあっさり頓挫する。起業してわずか半年後のことだった。その際、会社をたたみ6人がそれぞれの道を歩む選択肢もあったが、もう一度きちんと起業を「やり直す」ことに決めた。「6人で一緒にやれる機会は二度とない。ディープラーニングは本当にすごいし、どこもまだ事業にうまく活用できていない。だったら俺たちがやろうぜ。6人でそんな話をした」という。
そこからビジネスモデルの模索が始まる。「このやり方では利益を上げられない。あの業界を顧客にするのは違うなど、様々なAIスタートアップの事業を徹底的に研究した」と田村は話す。試行錯誤を重ね、今につながる事業戦略が定まったのが2018年10月。本当の意味での起業、ACESの事業が始まったのはこのときからだった。