全1776文字
PR

実家は農家。「儲からないから継がなくていい」と言われて育った。DeNAに就職したが、実家の荒れた畑を見て農業に貢献したいと起業を決意。産直EC(電子商取引)サイトのリーディングカンパニーに成長させた。

(写真:陶山 勉)
(写真:陶山 勉)
[画像のクリックで拡大表示]

 実家は神奈川県相模原市で兼業農家を営んでいた。サラリーマン家庭が多い首都圏のベッドタウンで、近隣では唯一の農家だった。小学生の頃、課外授業などで友達がしばしば見学に訪れた。家をぐるりと取り囲む農地に実った色とりどりの野菜や果物を見た友達からうらやましがられた。

 産直ECサイト「食べチョク」などを運営するビビッドガーデン社長の秋元里奈は、幼い頃から農家の娘であることを誇りに思ってきた。

 だが母からは「農家は不安定で儲からないから継がなくていい」と言われて育った。「公務員か銀行員なら食いはぐれることはない」との母の考えに影響され、大学で金融工学を専攻した。

南場智子に憧れてDeNAに入社

 金融関係を中心に就職活動をしたが、偶然参加したディー・エヌ・エー(DeNA)の就職説明会で創業者の南場智子の話を聞いたことが秋元の運命を変える。

 「会社の成長とは働く人の成長だ。失敗を通じて人は学ぶ。だから社員には成功確率50%の仕事を委ねる。小さな失敗は許容し、目標にたどり着いてもらう」。南場はそんなことを言った。南場への憧れと、同社の社風に魅力を感じDeNAへの入社を決めた。

 ゲームサイト「モバゲー」のアバター事業やチラシ特売情報アプリの事業など、入社3年半で4つの事業を経験した。どれもやりがいがあり熱意を持って仕事に打ち込んだ。一方で「本心から興味のあることではない」という違和感を持つようになった。「『言われたこと』を『やりたいこと』にすり替えているだけなのではないか」。自分に対する疑念が胸の中にくすぶっていた。

 そんなとき参加した異業種交流会で、実家が農家だと言うと、「畑でお祭りを企画しよう」という話になり大いに盛り上がった。あの農地で祭りを企画できたら。期待に胸を膨らませて実家を訪れると、荒れ果てた畑が目に飛び込んできた。秋元が中学生の頃に農家を廃業していた。それ以降、農地が次第に荒れていくのを見ていたはずだが、「記憶の中で色鮮やかな農地のまま時が止まっていた」。

 そのとき「絶望」を感じたという。しかし絶望はすぐに希望の種に変わった。農業に貢献したいという気持ちが湧いてきたからだ。原体験に根ざした、心からやりたいことに出合ったのだ。

 2016年秋にDeNAを退職し、同年11月に起業に踏み切った。「日本中で色鮮やかな農地を取り戻したい」との思いから、自分の会社には「ビビッドガーデン」との名を付けた。

 ビジネスモデルを模索し、全国の農家を訪ね歩いた。ある梨農家の言葉が、食べチョクのヒントになった。「こだわっておいしい梨をつくっても販路がない」。農家の経営がうまくいくようにするには、作物が売れる仕組みを作る必要があると考えた。