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国連政治・平和構築局に「イノベーション・セル」という組織を立ち上げた。紛争の予防や解決のための活動を最新技術の活用で支援する組織だ。「情報はたくさんあるのに分析が追いつかない」。そのもどかしさが原点だ。

(写真:Tokio Kuniyoshi)
(写真:Tokio Kuniyoshi)
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 2022年4月28日。ニューヨークの国連本部ではVR(仮想現実)ゴーグルを使った「仮想訪問」が開催されていた。

 太平洋諸島の国々は気候変動により安全保障上の危機にある。海面上昇で国土が水没の危機に見舞われ、住民の移住を巡り紛争につながる恐れもあるからだ。国連の各国代表団の理解を深めるため、VRでフィジーを「訪問」してもらうのが目的だった。

 企画したのは国連職員、高橋タイマノフ尚子だ。その会場で高橋は、東アジア地域の外交問題を担当する同僚に声を掛けられた。「大事な声明を見逃さずに済んだ。ありがとう」。高橋らが作った検索エンジンのおかげで、2022年4月16日の北朝鮮のミサイル発射に対し欧州諸国が非難声明を出したのを即座に把握できたという。

 高橋が仕様書を書いた検索エンジンは、国連加盟193カ国の外交分野での公式プレスリリースを検索できる。国際社会で事件が起こった際、各国の声明は国連事務総長の声明を検討するうえでの判断材料だ。国連職員は担当地域や分野についてどの国がどんな声明を出したかを把握する必要がある。

テクノロジーの専門家ではない

 2020年1月、国連政治・平和構築局は最新技術を使って紛争の予防や解決を支援する組織「イノベーション・セル」を新設した。高橋は同僚2人とともにこの組織を立ち上げた。

 テクノロジーの専門家ではない。10代の頃から紛争解決に関心を持ち、大学院で国際安全保障を専攻した後、2016年に国連PKO局地雷対策部スーダン事務所の公募に合格した。しかし念願だった平和維持に携わるようになると、「もっとできるはずなのに」というもどかしさを感じるようになった。

 「伝統的な政治・紛争分析は、為政者や反政府指導者が何を考えているかを扱う。しかしSNSなどで一般市民の考えや行動が政治を大きく動かすようになり、より多角的な分析が必要になった。情報はたくさんあるのに、分析する人のキャパシティーが追いついていない」。2017年から国連本部に勤務するようになった高橋は2018年以降、そんな問題意識から最新技術の活用に関する有志の勉強会を始めた。