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世界最大級のVR(仮想現実)イベントを主催するHIKKY。クリエーターが正当な評価や処遇を得る市場をつくるとの思いで起業した。大企業と組み、リアルとバーチャルが混在する「パラリアル」の実現を目指す。

(写真:陶山 勉)
(写真:陶山 勉)
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 2018年創業のHIKKYは「メタバース」と呼ばれる仮想空間上で事業を展開する先駆者といえる存在だ。同社が主催する「バーチャルマーケット」は、世界中から延べ100万人以上が訪れ、セレクトショップのビームスやJR東日本など著名企業が出展した。2021年10月にはNTTドコモと資本・業務提携を締結し、同社から65億円を調達した。

 HIKKYのかじ取りを担うのが、CEO(最高経営責任者)の舟越靖だ。舟越自身、学生時代からいくつもの事業を立ち上げてきた「連続起業家」の顔を持つ。そんな実績に幼少期からのクリエーティブ領域に対する関心が重なり、HIKKY創業に結実した。

起業家魂は母親譲り

 舟越にとって、ビジネスは幼い頃から身近な存在だった。母親が食料品の卸事業を手掛けていたからだ。小学生の舟越が母の手伝いで貸金庫に大金を預けに行くこともあった。舟越は「当時は何も感じなかったが、今思えばとんでもないことをしていた」と笑う。マージャン好きの母親のもとには、政界の大物などが訪れることもあった。

 そんな家庭に育った舟越が起業家の道に進むのは自然な流れだった。学生時代には既にアルバイトの斡旋(あっせん)や携帯電話販売などを手掛けていた。卒業後も就職せずに自らが立ち上げた事業の拡大に力を注いだ。

 東京・六本木の駐車場のスペースを借り、花屋を営んでいたときのことだ。豪華な花を購入する人の多くは大企業の社員。雇ったアルバイトに給料を支払うのがやっとの状況だった舟越からすると、なぜ大企業は一社員でもリッチな暮らしができるほど利益を出せるのかが疑問だった。

 そこで一度は自分の眼で確かめるべく、大企業に入社してみようと決意する。就職の時期は逃していたが、何とかNTTのグループ企業への入社にこぎ着けた。仕事は主に内勤だったが、通信設備の工事など現場も経験した。成果を出して社内での評価も得た。ただし長く働き続けるわけではなく、この経験を生かして、新たに事業を立ち上げる道を選んだ。それが2005年に設立した、通信インフラの開発・運用を手掛けるフナコシステムだ。

 幸い同社は業績を伸ばした。余裕が生まれるにつれ、舟越の胸にある思いが去来するようになった。「クリエーティブを通じて、人を喜ばせたり、驚かせたりする仕事がしたい」。その思いの原点にあったのは、小さい頃に自分が描いた絵で人を喜ばせたり、驚かせたりした記憶だった。

 とはいえ、舟越自身にプロのクリエーターになれるスキルや経験があるわけではない。ここで舟越は持ち前の行動力を見せる。写真家やデザイナー、イラストレーターなどのもとに出向いて、話を聞いて回った。感じたのは現状への「怒り」だった。舟越は「とんでもないスキルを持つクリエーターがたくさんいるにもかかわらず、非常に劣悪な環境で働いていた」と振り返る。