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接着の「見える化」、すなわち界面の分析技術に関して、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)から特筆すべき5つの研究開発の成果が出ている。このうち、電子顕微鏡を使った原子レベルでの界面の観察について研究者に語ってもらう(日経 xTECH)。

堀内 伸氏
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堀内 伸氏
(写真:著者)

 接着剤の高性能化が進み、さらに被着体への表面処理方法も開発されて、異種材の高い接着接合が可能となっている。だが、その背後にあるメカニズムは十分に解明されたとはいえない。メカニズムを語る前に、「接着界面」とは何かを明確にする必要がある。

 「界面」は材料のみならず、電子デバイスや触媒、コロイド化学などあらゆる場面で扱われる。多くの場合、分子・原子レベルでの相互作用が議論されるが、「接着界面」は、他の界面とは異なる側面を有する。接着メカニズムを議論する上で取り扱うべき界面とは、被着体、接着剤のバルクと異なる構造・物性を有する領域であり、被着体の表面処理や接着剤の硬化過程で形成する。単純に異種材が接触する2次元の「interface」ではなく、3次元の広がりをもった領域であるため、「interphase」と呼ぶことができる。このような考え方は、約30年前に提唱されているが1)、必ずしも広く認識されていないようである。

1)H. Leidheiser, P.D. Deck, Science, 241, 1176, 1988.

 難接着材料として知られているポリプロピレン(PP)の接着を例にすると、PPは結晶性高分子であり、異種材(接着剤や金属)との界面には、以下に挙げるようなスケールの異なる構造が含まれる。

  • [1]表面処理に伴う官能基形成と化学結合の有無
  • [2]分子鎖の絡み合い
  • [3]結晶ラメラ構造
  • [4]界面凹凸構造
  • [5]表面処理による高分子の劣化層

 また、金属の接着では、表面処理によってできた酸化膜などの異質層が形成する。さらに接着剤成分の界面偏析や接着剤に含まれる相分離構造や架橋構造が被着体の影響によりバルクと異なる構造を有する。

 このように空間的に広がりをもった「interphase」の中で、どの構造要因と構造間でのインタープレイ(相互作用)が接着の本質に重要であるかを理解するために、「接着界面」を俯瞰(ふかん)的に解析することになる。界面での化学結合の有無や水素結合などの非共有結合の形成など、分子レベルの界面現象だけに注視しても接着メカニズムにはたどり着けない。また、「接着界面」で破壊や劣化が起こり得るため、破壊や劣化挙動を注意深く解析することが重要となる。破壊挙動を「界面破壊」と接着剤内部で破壊が進行する「凝集破壊」に単純に分類することはできない。実際の現象は複合的であり、「接着界面」のどの構造にどの程度破壊の要因があるかを特定すべきである。

図1●STEM(走査透過型電子顕微鏡)の構成と外観
図1●STEM(走査透過型電子顕微鏡)の構成と外観
(出所:産業技術総合研究所)
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電子顕微鏡で界面を見る

 このように、分子レベルからマイクロメートル(μm)レベルまでの広範なスケールの構造を含有する「接着界面」を解析する有効な手法の1つが、電子顕微鏡である。nm〜μmのスケールを有する構造から構成されている「接着界面」は、電子顕微鏡が最も得意とするスケール範囲だ。

 現状の電子顕微鏡技術はこのスケールをはるかに超える性能を有しているが、必ずしも「接着界面」を簡単に識別できるわけではない。つまり、顕微鏡の空間分解能と界面構造の微妙な違いを見分けることは異なる技術ベクトルであり、「接着界面」を見るためには、さまざまな工夫と構造を見分ける知見が必要になる。

 電子顕微鏡では、電子を入射プローブとして試料に照射し、試料との相互作用により発生した種々の信号を検出することにより、試料表面や内部構造に関する情報を取り出す。我々は、図1に示す走査透過型電子顕微鏡(STEM)を使って界面の解析を行っている。

 サブnmに絞り込んだ電子線を薄膜試料上で走査させ、下方の検出器で透過した散乱電子を検出することにより像を得る。散乱角度の小さい弾性散乱電子よる明視野(BF)像と、環状検出器に取り込む散乱角度の大きな弾性散乱電子による暗視野(High Angle Annular Dark Field;HAADF)像が得られ、さらに環状検出器に取り込む電子の角度を選択することにより、見たい構造を見るためのコントラストを調整する。

 加えて、EDX(Energy Dispersive X-ray spectrometry)とEELS(Electron Energy Loss Spectroscopy)という2種類の分析手法による局所領域の分析により、元素マッピングとして構造の可視化を行う2)。さらに、試料を連続傾斜させながら像を取得するトモグラフィーにより、界面を3次元像として捕らえることができる。

2)例えば、Dong W, et. al., ACS Appl. Polym. Mater., 1, 815, 2019.

ポリプロピレンの接着メカニズム──化学結合が有効か?

 PPは難接着性であるため、接着のための表面処理が必要である。色々な表面処理方法が検討されているが、大気圧窒素(N2)プラズマ処理と火炎処理によってエポキシ系接着剤を使って接着することが可能だ。図2は左がプラズマ処理、右が火炎処理による界面のSTEM-HAADF像である。上部がPP、下部が接着剤だ。約100nmに切削した試料を四酸化ルテニウム(RuO4)で染色すると、PPの非晶質部分が選択的に染色されるため、結晶性高分子特有のラメラ構造が観察される。

 HAADF像では、明るい部位が強く染色された部位となる。プラズマ処理では、PP表面にμmスケールの大きな凹凸と共にnmレベルの微細な凹凸が形成され、接着剤がその中に隙間なく浸透して固化している。一方、火炎処理では、界面に平滑な厚さ約50nmの非晶質層が形成している。どちらの処理でも一定の接着効果が得られるが、メカニズムは同じではない。

 プラズマ処理では、エッチング作用によりPP表面に微細凹凸を作り、接着剤がその中で硬化することで接着力が得られている。一方、火炎処理では、瞬間的にPP表面が加熱され、急冷することによって表面に非晶質層が形成し、接着剤分子との絡み合いが形成していると考えられる。どちらの処理でもPP表面には官能基(C=O、-OH、-COOH)が形成しているが、どちらの効果が支配的か、また官能基が化学結合に寄与しているかどうかを簡単に判断することはできない。少なくともこれら2つの事例では、化学結合が接着に大きく寄与しているとは言いがたい。

図2●ポリプロピレンの接着界面のSTEM-HAADF像
図2●ポリプロピレンの接着界面のSTEM-HAADF像
左はプラズマ処理で、右が火炎処理。(出所:産総研)
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