全3779文字
PR

 接着の「見える化」、すなわち界面の分析技術に関して、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)から特筆すべき5つの研究開発の成果が出ている。このうち、和周波発生(SFG)を使った「埋もれた界面」の観察技術について研究者に語ってもらう(日経 xTECH)。

 接着・接合において必ず課題となるのが界面だ。界面は固体中に埋もれているため直接見ることができないというのが、これまでの接着の常識だった。そのため、接着不良が起きると、いつもこの「見えない(埋もれた)界面」にその原因があるとみなされてきた。

埋もれた界面だけを見ることを可能にする分光法

宮前孝行氏
宮前孝行氏
(写真:寺尾 豊)

 ところが、埋もれた界面を見ることができる計測手法が開発された。和周波分光(Sum-Frequency Generation, SFG)である。表面や界面といった「反転中心のない場」でのみ発生するという、高強度の光を使った際に起きる特異な光学現象を利用した分光法だ。

 図1に、水の表面(気液界面)を概念的に示した。空気側(図の上半分)と水中内(図の下半分)の水分子の配向(分子の向き)は等方的であり、SFGが発生するための非線形感受率χ(2)はゼロとなる。従って、空気中や水中ではSFGは発生しない。これに対し、気液界面はχ(2)が有限の値を持つことができるため、ここからのみSFG光が発生する。

 SFGのこの原理を利用すると、厚い樹脂表面に存在する分子だけからの信号を捉えることが可能となる。また、SFG分光はレーザー光を使った手法であるため、光が入ってくる側が光(可視光と赤外光)に対して透明であれば、固液界面や固体の埋もれた界面の分子からの信号を捉えることが可能となる。このため、電気化学における電極と液体の界面や接着接合界面でも、光が界面に到達できる条件を整えることができれば、計測が可能となる。

図1●水表面におけるSFG光発生の概念図
図1●水表面におけるSFG光発生の概念図
(出所:産業技術総合研究所)
[画像のクリックで拡大表示]

大気中での試料の取り扱いを可能にする計測技術

 表面分析といえば通常、真空度が10-8Paといった「超高真空」と呼ばれる環境が必要となる。これは、試料と検出器の間にできる限り邪魔な分子が存在しない状態にする必要があるからだ。表面の分析に電子やイオンを使うので、表面から飛び出してくるこれらの粒子が検出器に到達できるようにするためである。もちろん、清浄な表面を形成するという理由もある。

 これに対し、SFG分光は光を入射して出てくる別の光を検出する手法であるため、例えば試料の導電性や超高真空といった測定上からくる要請がほとんどない。試料に対する要請は光が十分に反射できる界面(表面)が存在すること、である。

図2●SFG分光装置の概略図と試料ボックスの写真
図2●SFG分光装置の概略図と試料ボックスの写真
(出所:産総研)
[画像のクリックで拡大表示]

 図2に、SFG分光装置の概略図を示す。パルスレーザーから取り出した光を波長変換し、可視光(532nm)と赤外光を作り出して試料面に照射する。試料から発生するSFG光は微弱であるため、分光器で迷光成分を除去した後、光電子増倍管で検出する。照射する赤外光の波長を変えながら測定することで、表面や界面に存在する分子の振動スペクトルを得ることができる。

 分子振動スペクトルには、その分子が持つ官能基がどのような向きに存在しているか(分子配向)や、どんな環境にあるか(分子内、分子間の相互作用)、表面や界面での反応による生成物の情報、界面での分子の偏り(偏析)などの多彩な情報が含まれる。光を使った手法であるため、前述の超高真空を必要とせず、「ありのまま」の表面や埋もれた界面だけを見ることができる。さらに、試料を加熱または冷却しながらの測定や、雰囲気を制御した状態での測定が可能であるところも、従来の計測技術にはない大きな特長である。

「化学的相互作用がある界面の方が密着性が良い」は本当か?

図3●PET上に酸化Al合金をコートしたときの界面のSFGスペクトル
図3●PET上に酸化Al合金をコートしたときの界面のSFGスペクトル
上が未処理PET、下が表面処理PET。(出所:産総研。原典はT. Miyamae and H. Nozoye, Appl. Phys. Lett., 85, 4373-4375, 2004.)
[画像のクリックで拡大表示]

 図3に、ポリエチレンテレフタレート(PET)の上に酸化アルミニウム(Al)薄膜をコートした際の酸化Al/PET界面からのSFGスペクトルを示す。1700 cm-1に見られるピークは、PETのエステルカルボニル基に由来するC=O伸縮である。図の上のスペクトルは、PET上に直接酸化Alをコートしたもので、剥離試験での密着強度は1.7 N/cmだ。これに対し、図の下のスペクトルは表面処理したPET上に、同じく酸化Alをコートしたもので、密着強度は3.0 N/cmとなっている。表面処理を行った方が明らかに高い接着強度を示すことが分かる。

 注目すべきは、未処理PET上に酸化Alをコートした界面のSFGスペクトルにおいて、1700 cm-1よりも低波数側の1680cm-1付近に、やや幅の広いピークが新たに見られることである。通常カルボニル基に何かしらの化学的相互作用が働いている場合、ピーク位置は元の位置よりずれて現れることが赤外振動スペクトルなどではよく知られている。他の分析結果と合わせて考察すると、このピークシフトは、酸化AlのAlとPETのエステルカルボニル基の酸素が相互作用している、すなわち界面でAl…O=Cの相互作用の存在を示している。

 同様なピークシフトはポリメタクリル酸メチル(PMMA)にシリカをコーティングした場合にも見られる。ここで、表面処理したPETと酸化Alとの界面は、未処理のPETに比べて密着強度が高いことを先に示した。界面での化学的な相互作用が密着強度に直接作用するのであれば、未処理PET/酸化Al界面で現れた低波数シフトしたC=Oに明確な違いが見られる(例えば強度が強くなる)はずである。ところが、図3の通り、密着強度が高い表面処理PET/酸化アルミ界面では相互作用に由来するピークは全く観測されていない、すなわち、PETと酸化Alとの間での直接的な相互作用があるかどうかは、マクロな現象としての密着性とは関連がない、ということが示されたのである。

* PMMA/SiO2の場合は、C=Oはやや高波数側にシフトする。