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接着の「見える化」、すなわち界面の分析技術に関して、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)から特筆すべき5つの研究開発の成果が出ている。このうち、接着前の表面の検査技術について研究者に語ってもらう(日経 xTECH)。

佐藤正健氏
佐藤正健氏
(写真:寺尾 豊)

 接着技術の普及には、生産工程の管理に使える検査方法の確立が欠かせない。だが、ものがなぜ接着するかという原理的な理解の不足に加えて、実際に発生する接着不良が技術を導入する障壁になっている。

 こうした背景から、製品に接着不良品が混入することを防ぐために、抜き取りでの検査ではなく、全数検査での対応を求める声が多い。全数検査のためには、迅速性のある「その場計測手法」の適用が求められる。生産工程における限られたタクトタイムに対応しなければならないからだ。迅速性の観点からは接着した後の接着部位の非破壊検査だけではなく、接着前の表面状態に対する検査も注目される。

 接着面の汚れが接着不良の原因になることはよく知られている。接着前表面検査の最も直接的な方法は、表面の濡れ性の確認だろう。厳密には液滴を使った接触角の測定が行われるが、現場においては、ペンタイプの濡れ性チェッカーの利用など、簡易的な方法が採られる。だが、これは全ての製品に適用するわけにはいかない方法だ。加えて、表面を液体と接触させるため、検査自体が表面汚染の原因になりかねないという問題がある。

 一方でTOF-SIMS(飛行時間型2次イオン質量分析法)などの高度な分析評価手法は、表面状態や付着物質に関して多くの情報が得られるが、真空下での測定が必須となるため現場への適用は難しい。迅速性やその場計測への適用性を優先する場合、得られる情報は限定的になっても構わない。そのため、接着不良の発生に係わる判定ができればよいという考え方になる。

 2010〜14年に先行して欧州で実施されたENCOMB(Extended Non-Destructive Testing of Composite Bonds)プロジェクトは、炭素繊維強化樹脂(CFRP)複合材の接着に係る検査法を開発するプロジェクトであり、接着前の表面検査に関しては12種の検査法に対するスクリーニングが実施された。ここでは[1]Optically stimulated electron emission(OSEE;光刺激電子放出)、[2]Infrared spectroscopy(赤外分光)、[3]Laser induced breakdown spectroscopy (LIBS;レーザー誘起ブレークダウン分光)、[4]THz/GHz reflectometry、の4手法が検査に有用との結論が出されている。

レーザー誘起ブレークダウン分光(LIBS)法とは

 産業技術総合研究所(産総研)の接着・界面現象研究ラボでは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクト(革新的新構造材料等研究開発)において、表面検査手法として[3]のレーザー誘起ブレークダウン分光法の適用を中心に検討を進めている。

 レーザー誘起ブレークダウン分光法は、レーザーアブレーション現象を利用した表面の元素分析法である。高エネルギーのパルス状レーザー光を計測したい表面に集光すると、高密度の光エネルギーを吸収した部分が急激に加熱されてプラズマとして噴出する。この現象がレーザーアブレーションであり、生成したプラズマは明るく光る。

 この光はプラズマ化した領域に含まれる元素特有の波長の光や輝線を含んでいるため、分光分析によってその場に存在する元素の情報が得られる。光を照射し、光を検出する完全リモート計測手法であり、火星表面や深海の鉱物調査など特殊環境での計測にも利用されているが、もちろん空気中でも測定できる。図1に測定装置の構成を示す。

図1●レーザー誘起ブレークダウン分光測定装置の構成
図1●レーザー誘起ブレークダウン分光測定装置の構成
(出所:産業技術総合研究所)
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 輝線が見られるのは、レーザーパルスが表面に入射してから100μs程度までの時間だ。その発光は強く、長時間光の露光や、多数回の積算を必要としない。すなわち、測定は一瞬で完了する。[2]の赤外分光法と比べると圧倒的に早い分析手法である。

 この迅速性に加えて、導電性のない材料の表面や反射率の低い表面、粗面化した表面など、試料の表面状態によらず測定ができる。加えて、炭素や水素までの軽元素の情報が得られるという特徴もあり、製造現場での生産管理に向く分析手法であるといわれてきた。

 近年、ポータブルな測定装置を含めた測定装置の販売が見られ始め、実験室外でのオンサイト分析手法として利用が拡大している。表面の一部をプラズマ化させるため、厳密な意味での非破壊検査とはいえないものの、1パルスで削られる深さは0.1μm程度と極めて微小であり、CFRPの樹脂表面や粗面化したアルミニウム合金上では判別が困難な程度である。

 実際に行われる多くの分析では、検出する元素はプラズマになるレーザー光のエネルギーを直接吸収する領域に含まれる。しかし、表面に付着した汚染物質はレーザー光のエネルギーを吸収するとは限らない。実際、接着に悪影響を与えることから接着工程での使用が避けられるシリコーン系離型剤の多くは、通常、レーザー誘起ブレークダウン分光法で使われるレーザー光のエネルギーを吸収しない。この点で、これまで多くの報告があるレーザー誘起ブレークダウン分光測定とは条件が異なる。

 ENCOMBプロジェクトでは、CFRP上のシリコーン系離型剤と油圧作動油の検出ができるという結果が示されている。だが、具体的な検出感度は示されておらず、状況は対象の材料や付着する汚染物質の種類によって変わってくる。そこで、複合材を含めてさまざまな構造材料の表面に付着した微量の汚染物質をどの程度の感度で測定できるのか、また同時に、その汚染物質が接着強度にどのように影響するのかを評価するために、微量の汚染物質を材料表面に塗布して試料を作るところから我々は検討をスタートした。実際に測定したアルミ合金のレーザー誘起ブレークダウン分光スペクトルを図2に示す。スペクトルが元素の輝線から構成されていることが分かる。

図2●アルミ合金試料のレーザー誘起ブレークダウン分光スペクトル
図2●アルミ合金試料のレーザー誘起ブレークダウン分光スペクトル
(出所:産総研)
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