高齢になっても健康に生活したり働いたりする生涯現役社会。実現のためには「健康寿命」を延ばすだけでは不十分だ。希望に応じて働き収入を得る期間である「職業寿命」、そして年を取っても持っている金融資産を運用して収入を得る「資産寿命」だ。ITを駆使してそれぞれの寿命を延ばす取り組みが進んでいる。
職業寿命
能力見える化、支える側へ
「若者が高齢者を支えるのではなく、高齢者が若者を支える社会を築こう」。東京大学と日本IBMはこんな掛け声で2011年から「高齢者クラウド」という共同研究プロジェクトを始めた。職業寿命を延ばすための取り組みだ。ITを使って元気な高齢者の知識や能力に関する情報を集約し、労働力を再構築する研究を進める。同研究が普及すれば約23兆円の経済効果が期待できる――。2019年2月、プロジェクトリーダーを務める東京大学の広瀬通孝教授はこんな試算を発表した。
高齢者の就労支援について、これまでは現役世代のような働きを期待できないと考えられてきた。労働時間や場所の制約があるうえ、新しいことを覚えるのが難しくなってくる人が多いためだ。そこで広瀬教授らは就労条件をスキル、時間、場所といった要素に分け、それらを組み合わせて1人分の労働力を提供する仕組みを考えた。広瀬教授らは「モザイク型就労」と呼ぶ。
地域の求人ニーズをマッチング
モザイク型就労の仕組みを使ってネットサービスを構築した。その名も「GBER(ジーバー)」。元気な高齢者が地域で仕事やボランティアをするためのサービスだ。ライドシェアの「ウーバー」に似た名前には、「地域の移動ニーズと移動手段をマッチングするウーバーのように、地域の求人ニーズとシニア人材をマッチングさせる」(広瀬教授)狙いを込めた。千葉県柏市やJR九州などと実証実験を実施中だ。
AIを使った人材検索エンジン「人材スカウター」も開発した。シニア人材の職務経歴のテキスト情報と企業からの求人情報に自然言語処理をして、企業が求める条件に合ったプロフェッショナル人材を発掘する。プロのリクルーターが経験から得た暗黙知をデータとして取り入れ、検索の精度を高める。人材紹介ベンチャーのサーキュレーションに同システムを提供し、実証実験を進めている。
日本IBMと共同研究プロジェクトを続けて9年、東大の広瀬教授は「シニア人材本人が思う自分の適性と、コンピューターが客観的にはじき出す適性が異なるケースがしばしばある」と気づいた。高齢者になっても働くことを若いうちから意識して、必要な適性を身につけることにも共同研究の成果は役立つ。広瀬教授はリカレント教育(社会人の学び直し)に高齢者クラウドを使うことも検討しているという。