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 「上流工程なんて役に立たない!」。先日あるエンジニアの方がSNS(交流サイト)で主張していた。我々、IT勉強宴会の面々が本欄に連載してきた記事をまとめた書籍『Web世代が知らないエンタープライズシステム設計』(日経BP)が2022年4月に発売され、ありがたいことにこの方は読んでくださった。だが年上の技術者がまとめた設計書のために大変な苦労をした経験があるらしく、この本や上流工程を痛烈に批判していた。

 楽屋話をすると、題名に付いている「設計」という言葉を巡って「設計ではなく構築にしてはどうか」という議論があった。IT勉強宴会には多くのシステム設計者が参加しているが、いずれも「使いやすく、ビジネスで成果を出せるシステム」を目指しており、設計から開発・運用まで配慮しているからだ。

 最終的に書籍編集者の「設計が重要、これが本書の主張」という意見を受け入れ、題名に「設計」とだけ入れた。残念なことに世の中には、量ばかり多いわりにすかすかな要件定義書や設計書がまかり通っている。それらを押し付けられた若手の技術者が設計や上流工程という言葉にうさんくささを感じる気持ちはよく分かる。

 上掲書の筆者は9人いる。私はその代表というわけではないが、改めて我々IT勉強宴会が考え、実践し、実際に成果を出している「設計」あるいは「上流工程」はどういうものかを説明してみたい。

まともなデータモデルが含まれない上流工程は失敗

 我々の主張は単純だ。すべての管理情報を統合DB(データベース)にまとめることを前提とした、「抜本的に見直された事業データモデル(事業が扱うべき情報の形を表す図面)」を生み出す。これが上流工程の一義的な目的である。設計書の分量がどんなに多かろうが、まともなデータモデルが含まれない上流工程は失敗である。残念ながら多くのプロジェクトはそんな状況にある。

 しかしそういった上流工程の本来の目的はなかなか分かってもらえない。この点についてIT勉強宴会のメーリングリストでやりとりしたところ、著者の1人である中山嘉之氏(アイ・ティ・イノベーション ビジネステクノロジー戦略部長)が次のように証言してくれた。

 「製造業にいた前職の32年間、14件の開発プロジェクトについてデータモデリングに特化した上流工程とパッケージ適用または4GL(今でいうローコード開発ツール)利用という下流工程の組み合わせで取り組みました。開発納期の遅れはほとんどなく、いわゆる炎上は皆無でした」

 炎上を防ぐ効果があるだけではない。「あるべきデータモデル」から「あるべきアプリケーション構成や業務の流れ・体制」が導かれるため、事業のデジタル変容という言葉本来のDX(デジタルトランスフォーメーション)を実現できる。

 重要なので繰り返すが逆ではない。「あるべきアプリケーション構成や業務の流れ・体制」を起点にしてもそれらは現状の改善に留まりやすく、DXの基礎となる抜本的なデータモデルはなかなか手に入らない。現行のアプリケーション構成や業務フローをいったん忘れ、「我々の事業が扱うデータはそもそもどんな形をしているのか」を明らかにし、そこから新システムの全体像を導かねばならない。