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 「あなたは化学工学のPhD(博士号)をお持ちだが、元素は全部でいくつあるかご存じか?」

 米ゼネラル・エレクトリック(GE)を率いた剛腕経営者のジャック・ウェルチに、こう尋ねたコンサルタントがいました。 

 ウェルチは鼻で笑い、正解を即答したそうです。するとコンサルタントはさらに問いかけました。

 「では、GEの業務が扱うデータ要素数をご存じか?」

 返答に困るウェルチを見て、そのコンサルタントはにやりと笑い、自分の見立てではこれくらいの数のはずだ、と言い切り、たたみかけました。

 「自社にあるデータ要素数すら分からずに、どうして全社のシステム開発を統制できるのか?」

 こう迫られたウェルチはそのコンサルタントから「PRIDE」という商品を買うことを決めました。実際にGEが分析を進めてみると、データ要素数はコンサルタントが言った数に近いことが判明したそうです(論理的なデータ要素数です)。

 このコンサルタントの名前はミルト・ブライス、彼が1971年に世に送ったPRIDE(profitable information by design)は世界初の商用システム開発方法論として知られています。

 ブライスはGEにPRIDEを売り込もうとし、商談の最終局面でウェルチと対峙しました。ウェルチはまだGEの最高経営責任者(CEO)に就任しておらず、副社長だったと思われます。ウェルチから「PRIDEというのはどういう商品か」と問われ、ブライスは「システム開発の考え方をお売りするものだ」と答えたのですが相手にされません。そこでブライスは前述の絶妙の問いかけをして、成約を勝ち取ったと言われています。

 ブライスは米国の情報システムの世界では立志伝中の人物で、何万という人が彼のPRIDEトレーニングを受講しました。『顧客が本当に必要だったもの』と呼ばれている、木に様々なブランコがぶらさがっている6点のイラストを考案したのは彼です。

 ブライスは『ブライスの法則』(BRYCE'S LAWS)と呼ばれる、一種の語録を残しています。“Data is stored, Information is produced.”とか、“Information is for people, not for the computer.”とか、実に考えさせる言葉がたくさんあります。

 本連載を担当しているIT勉強宴会は2020年10月、「ブライスの法則をつまみに盛り上がりましょう」という面白い会合を開きました。筆者が情報システム学会で主催している方法論科学研究会はIT勉強宴会と共同で勉強会を開いたりしています。

 彼の経歴と主張は著書“Milt Bryce & Tim Bryce, The IRM Revolution -Blueprint for the 21th Century, An MBA Publication, 1988”(『IRM -情報資源管理のエンジニアリング』、松平和也監訳、日経BP社、1990年)に詳しく書いてあります。残念ながら今では入手困難ですので、知的財産に配慮しつつ、ブライスの主張の根本について解説してみましょう。