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「デザインマネジメント」を提唱するデザイナーの田子學氏が、各界の有識者や挑戦者を迎え、デザインの持つ力について語っていく本シリーズ。

第3回のゲストである三井化学の松永有理氏は、田子氏が同社に関わるきっかけとなった人物。同社は田子氏をクリエイティブパートナーとして迎え、「そざいの魅力ラボ MOLp(モル)」というオープンラボラトリー活動を2015年から展開している。デザインという“異物”を持ち込んだことで同社の研究開発の現場はどう変わっていったのか。(日経クロステック編集)

松永有理氏
松永有理氏
(写真:加藤 康)

松永 最初に田子さんとお会いしたのは、大阪で開催されたセミナーでした。ちょうど田子さんの『デザインマネジメント』を拝読して、自分たちの素材の価値について、機能的なアプローチだけではなく感性的なアプローチでコミュニケーションしていきたいと考えていたんです。

 素材は表舞台に出てこないんですね。基本的に僕たちが売っているのは、“つぶつぶ”と呼ぶ固体ペレット、液体、ガスなので。だから説明のしようがないんです。それでも技術のお客様へ説明するときは物性でコミュニケーションできるのですが、少し専門が異なる方とお話をするときに、素材そのものを説明できないからコミュニケーションが取れない。何より価値についてもなかなか語れないということがありました。

 その課題を解決する一つのアプローチとして、感性的な表現を身に付けてないといけないよねという意識があったので、田子さんのお話を聞きに行ったんです。そもそも、どういう方と一緒にそういう活動をやっていけばいいのかということを、1年ぐらい考えていた時期でした。

田子學氏
田子學氏
(写真:加藤 康)

田子 そういう悩みを抱えているのは、三井化学だけではないんです。何か自分たちが抱えている悩みを、どう解決に導けばよいか分からない人たちは結構いるんです。実際、僕はそういう悩みを相談されますから。

 これは「鶏と卵のどっちが先か」という話に近くて、自分たちの足元を探すと意外と語るべきことが出てくるんです。松永さんに最初に相談されたときも、そんな感じの話をしました。

 当時、僕らは別の化学メーカーともお仕事をしていたので、化学メーカーがそういう悩みを抱えていることは分かっていました。そのときは、「化学メーカーもこれから大変な時代になりそうですね」なんてたわいもない話をして、名刺交換をして別れたと思います。その後、松永さんから「実際に動きたいので、一度相談させてもらえませんか」と頼まれて、三井化学を訪ねました。

 それまで、僕らの仕事は最終製品に関するものが多かったんですが、素材を手掛ける三井化学はある意味でサプライチェーンの大元です。そのコミュニケーションを変えることができれば、世の中がひっくり返ると思っていました。

 僕から松永さんに確認したのは、少しずつ試しながら進むステップをきちんと作らないといけないので、それを社内外に向けてどう見せていきましょうかということです。例えば、三井化学は「ミラノサローネ」に出展することはあり得ますかというような質問をしたと思います。化学メーカーが普段出展している業界向けの展示会ではなく、畑違いの展示会に出るようなアプローチが可能かどうか確認しました。そうしたら思いの外、松永さんから「実はそういったところにアプローチしたいんです」という答えが返ってきたので、本当にそれができるかどうかは別にして、研究者とも徹底的に議論して、必要なことを取りあえずやってみましょうというという話になりました。

松永 それで早速動きました。

田子 その次に行ったのは袖ヶ浦のセンターですよね。袖ヶ浦に行って、このプロジェクトに参加したいと手を挙げてくれた研究者を松永さんが集めて、お互いに自己紹介して。その前に星野(太)さんともお会いして。

松永 当時の研究部門のトップです。

田子 星野さんから「一度面談させてください」と言われていたので、研究者と議論する前に星野さんとお話させてもらったんです。その星野さんの言葉が今でも強烈に残っているんですが、「化学メーカーは生活のいろいろなところに素材を提供して社会に貢献していて、そういう意味では世の中を支えているんだけど、残念ながらお客さんの要求に応えるだけで精いっぱいになってしまっていて、ゼロから新しいものを作り上げる体質にはなかなかなってない。会社のこの部分をぜひ変えていきたいと思うから、田子さんには研究者の頭の中を引っかき回す役になってほしい」というようなことを仰ったんです。

 これはすごく良い言葉をいただいたと僕は思っていて、何か明文化されたアウトプットとか、具体的な指示とかではなく、とにかく今までにない研究者の感覚を呼び起こしてくれという話です。それと、松永さんが言っていたコミュニケーションのトリガーになるもの、例えば発想力のようなものが乏しいから、それを刺激してくれということだと解釈しました。

(写真:加藤 康)
(写真:加藤 康)

 そういうありがたい言葉をいただいてから、研究者がずらーっと並んだ中に入っていって、「初めまして」とあいさつしました。それから研究内容を説明してくれるということになり、結構な人数がいたんで、各自2、3分でピッチをしましょうと。どんな研究をしているとか、その素材はどこで役立っているとか、そういう説明をしてもらったんです。最初のうちは良かったんですけど、説明がだんだん長くなって、1人で10分ぐらい説明するようになってきたんですね。しかも内容がむちゃくちゃマニアックで、一般の人には分からないような説明なんです。僕は聞く側だから、仕方ないかなと思いつつも、そこで相当な距離を感じたのも事実でした。

 だから、説明が終わってから、「素晴らしい素材だと思うけど、もっと他の語り口があると思うし、用途もいろいろ可能性があるだろうから、そういう可能性の話をしていけると良いですね」というような話をして、そのときは終わりました。本当に、対話の「た」の字から始めたような状況でしたね。