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「デザインマネジメント」を提唱するデザイナーの田子學氏が、各界の有識者や挑戦者を迎え、デザインの持つ力について語っていく本シリーズ。

第5回のゲストである鈴木健一郎は、伝統的な産業用電源メーカーの経営者でありながら、ワイヤレス給電で新機軸を打ち出そうとしている人物。田子氏はそのプロジェクトの推進に全面的に関わってきた。そのプロジェクトの狙いについて両氏が語った。(日経クロステック編集)

鈴木健一郎氏
鈴木健一郎氏
(写真:加藤 康)

鈴木 田子さんとの出会いは、田子さんのワークショップ形式のセミナーを受講したのがきっかけでした。いろいろなイノベーションの事例を聞き、ちょうど我々もワイヤレス給電という技術を使ったプロダクトを市場に投入していたところでした。

 ワイヤレス給電の恩恵というのは、もっと一般のライフスタイルの中で利用価値が上がるべきものなのだと、何かやれないかなと思っていたんです。ただ、我々だけではやりきれないという思いもあって、そこに田子さんの話でインスピレーションを受け、講演後に、「コンセントをなくしませんか」と話しかけにいったのが最初です。

 ベルニクスという会社自体は産業機器向けの電源メーカーで、今年で42年目を迎えました。我々の製品は、縁の下の力持ちといいますか、世の中のインフラ、例えば発電所、鉄道、携帯電話の基地局、医療機などに入っていて、表に出てくることは基本的にありません。その中で、ワイヤレス給電技術というのは、もっと簡単に安全に充電できるとか、水に濡れても大丈夫とか、もっと一般のライフスタイル向けで生きるだろうと思っていたのですが、産業機器向け電源メーカーでは、簡単に参入できないというフラストレーションもあったんです。

 産業向け電源マーケットは確かに安定的ですが、一方でガラパゴス的な部分もあります。日本の電源機器は独特の仕様なので、グローバル化が進む中で我々は顧客の要求を満たすプロダクトだけで勝ち抜いていけるのかという疑問があり、もっと違うマーケットにチャレンジしていかなきゃいけないという危機感がありました。

 もう一つは、ワイヤレス給電技術でコンセントをなくせないかという議論は社内の会議でも出てきますが、コンセントはそれこそインフラとして定着しています。これをひっくり返すのはなかなか難しくて、チャレンジするといってもそう簡単ではない。使命感みたいなものはあるけど、踏み切れない自分たちがいるという感じでした。それを、田子さんとなら一緒にできるという直感ですね。

田子 その話を聞いて、とても嬉しかったんです。僕らは末端の家電などに関与することが多くて、コンセントのような電気インフラはあらかじめ整備されているものだったんです。それが、鈴木さんとだったら大元をやれるということで、ワイヤレス給電によって全く違う現象を生み出せると感覚で分かったんです。実際、ベルニクスでは電動自転車を無線給電化したらどうなるかという実験をしていました。それを見て、電源という汎用性の高いものを扱っているにもかかわらず、地味な業界であるが故に、なかなかユースケースの提案には至っていないというのも分かりました。だから、すぐに何ができるかは分からないけど、まずは議論から始めましょうという形で進んでいきました。

鈴木 開発や営業のメンバーを一緒に連れて行って、もう1年ぐらい議論をしました。本当に最初はコンセントをなくそうと思っていたんですが、やっぱりいきなりコンセントはなくならないから、じゃあ机の上の電源問題を解決していこうとなりました。

田子學氏
田子學氏
(写真:加藤 康)

田子 例えば、IoTで家もどんどんネットワーク化して、いろいろなものが自動化していくのに、電源、特にコンセント周りはその動きに対してすごく遅れているんです。だったら、電源メーカーがそこに直接提案していくというのは斬新なんじゃないかと。

 ワイヤレス給電では、主にスマートフォン向けの「Qi(チー)」という規格と、あと電気自動車向けの規格はあるんですが、その間がすっぽり抜けているんです。Qiは今のところ15ワットまでの充電しか規格化されていないんですね。一方、ベルニクスでは先ほど紹介していただいた電動自転車の実験で既に50ワットまでの技術を持っています。そうすると、スマートフォン以外の機器にも使えるし、充電する以外の用途も実現できるかもしれない。それなら、他が追い付いてくる前に行けるところまで行こうと。

 ホームネットワークの分野で一つのブレークスルーだと思っているのは、フィリップスの「Hue(ヒュー)」という電球です。電球がIoT化することで、時間に応じて自動で制御するとか、部屋のムードを変えるとか、人の暮らしを提案するような面白い製品だなと思っていました。そういうのを電源というインフラの大元でできると相当強いだろうと。

 僕はワイヤレス給電をサービスとして見ているところがあって、確かに無線で電気を供給することに変わりはないけれど、それだけじゃなくて人の暮らしに豊かさを加えるような提案をしたいんです。単純に明かりがつくとか、スマホを充電できるというのは、確かに便利だし分かりやすいんだけど、誰でも思い付くじゃないですか。

鈴木 有線が無線になっただけですからね。