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 懐かしい音楽と共に思い出の写真を見せると、怒りっぽかった認知症患者の気持ちが落ち着いていく――。ベンチャー企業のAikomiは認知症患者の周辺症状(BPSD)と呼ばれる、うつ症状や徘徊(はいかい)、妄想、暴力行為、怒りっぽくなる症状などの緩和を目的に、デジタル技術を利用したサービスを開発している。

Aikomiが開発中のコンテンツ
Aikomiが開発中のコンテンツ
(写真提供:Aikomi)
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 将来的には65歳以上の5人に1人が認知症を発症するといわれている。現在は認知症の症状を和らげる医薬品はあるが、根本治療は難しい。「認知症の人を支える技術が必要だ」とAikomiのNick Hird社長は指摘する。Hird社長は武田薬品工業で医薬品の研究を手掛けていたが、Aikomiではデジタル技術を用いて認知症のBPSDに対する個別化ケアを目指す。

 BPSDは認知症患者が認知機能の低下で強い不安感を抱くことで生じるといわれている。例えば認知症患者が家に帰りたいと思っても、思い浮かぶのは今の自宅でなく50年以上前に住んでいた場所になる。そこを目指して認知症患者が移動すると、他人(例えば介護者)からは「そこはあなたの家ではない」と言われてしまう。「ここは自分の家なのに、それを違うと言うこの人は嘘つきだ。信用できない」と認知症患者は考え、介護者を信頼できずに攻撃的な態度をとってしまうことがあるという。

 BPSDは患者の身体的な負担だけでなく介護者の心的疲労や身体的疲労にもつながる。「BPSDによって認知症の本人と家族、介護者の3者の関係が悪くなると、BPSDがさらに悪化する悪循環が起きやすい」とHird社長は指摘する。BPSDを緩和させるための方法は幾つか知られている。例えば音楽や映像を視聴したり、介護向けロボットなどに触れたりして落ち着いてもらうなどの方法だ。ただしこれらの方法は、効果が得やすい人と得にくい人の差が生じる。Aikomiはデジタル技術を利用することで患者別のコンテンツを提供し、多くの人が効果を得られるサービスを目指している。

2020年中に介護施設に販売へ

 Aikomiが開発するサービスはこうだ。個人ごとに視覚や聴覚、嗅覚をそれぞれ刺激する写真や音楽、匂いを家族からヒアリング。ヒアリング内容を基に作成した、昔の家族写真などを利用した音楽つきの映像をタブレット端末に保存して介護施設に提供する。介護者はコンテンツを認知症の高齢者に見せてコミュニケーションに利用する。

 11の介護施設で約60人を対象にした実証実験では「数カ月話していなかった人が話し始めるなど、半数以上に反応があった」とHird社長は振り返る。映像とその時の高齢者の反応を分析しており、どのような映像で認知症患者の様子が落ち着いたり楽しそうになったりするかなどを特定しようとしている。

 Aikomiは開発中のサービスを2020年中に介護施設向けに発売する予定だ。さらに今後、臨床試験を実施してコンテンツのエビデンスを蓄積する方針。食べ物や植物、海の匂いなどを映像と共に感じてもらう装置の開発も進めている。「BPSDを緩和して信頼関係のある介護態勢ができれば、認知症者へのイメージが変わるはず」とHird社長は語る。認知症患者向けサービスには大手の企業も関心を示す。大日本住友製薬がAikomiと共同研究しており、今後さらに介護や医療用途での開発を目指した事業提携を検討している。