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 経営者がITに対して向き合う姿勢と、人材に対するスタンスは似通うところがあると感じている。人材への投資に積極的でない経営者は、ITに対しても消極的だし、その逆もまたそうだと感じる。人材もITも投資効果を測ることが難しい。投資効果を得られたと感じられるまでに時間がかかるところも共通している。

 ITコーディネータ協会に来てから5年近く、多くの中小企業と出会い、経営者にお話を聞かせていただいた。その経験に基づく体感からすると、中小企業は一般的に従業員数80人くらいのところで大きな壁に直面するように思う。

 その壁は「家業から事業への転換の壁」とでも言うべきものだ。中小企業は優れた技術や比類のない強みがあれば、業種にもよるが、家族や親戚中心の経営で従業員80人くらいの規模まではスムーズに発展することが多い。しかし、そこで踊り場がくる。そこから先、大きく発展するためには「優れた異分子」を経営に加えていく必要がある。仕事のやり方についても、阿吽(あうん)の呼吸で何とかなる手作業や紙中心からの脱却しなければならない。ITという異分子の導入が必要となるのだ。

 しかし、優れた異分子の採用には大きな壁がある。それまでの経営の中心だった家族や親戚とは異なり、優れた異分子は当然反論もするし、思ってもみなかった提案もしてくるだろう。それを受け入れて対話を繰り返せば、より良い製品やサービスを生み出せて、ますますの発展が期待できる。しかし、長年にわたって阿吽の呼吸で進めてきた文化を変えるのは難しい。経営者が面白い提案だと思っても、家業だと伴侶や親戚が抵抗するかもしれない。

 ITも同様だ。これまで長いこと一人ひとりがそれぞれ工夫してやってきたのだ。その仕事のやり方を、ITを使って会社全体としてあるべき業務プロセスに置き換えようとするのだから、猛烈な抵抗が生じる。ITもある種の異分子だからだ。

 そのとき重要なのは、5年先、10年先にどういう会社にしたいのか、つまりビジョンを描くことだ。もしかすると、これ以上発展する必要はないとの思いがあるかもしれない。次第に縮小していくかもしれないけれど、家族で食べていければよいという考え方もあるだろう。それはそれで1つの道だ。

 しかし多くの経営者は、より多くの価値を創出し新たな顧客を獲得して発展し、次世代にしっかりバトンを渡し、世代を超えて社会の中で存在感を発揮し続けたいと考えるのではないだろうか。そういう経営者には、是非実現したい未来、すなわちビジョンを描いてほしい。ビジョンから現状の仕事のやり方を眺めると様々な課題が見えてくる。今の仕事の延長線上でビジョンは達成できそうもないことが分かってくる。そこまで来ると、新たなステージに立ったと言える。

 新たなステージに立った経営者が次に向かうべきステップこそが、家業から事業への転換だ。その道を歩み始めた経営者にとって、重要なことは人材面でも、仕事のやり方のうえでも、異分子を受け入れ生かすことではないだろうか。