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 DX(デジタルトランスフォーメーション)ブームである。2018年秋に公表された経済産業省の「DXレポート」を取りまとめるワーキンググループに私が参加していた頃は、世の中にこの言葉はほとんど行き渡っていなかった。DXレポートに盛り込まれた「2025年の崖」というキャッチ―な言葉の力もあってか、今ではDXが一大ブームとなっている。

 DXとは何か。経産省が2019年7月に出した「DX推進指標(サマリー)」によれば、次のように記載されている。「DXは、本来、データやデジタル技術を使って、顧客視点で新たな価値を創出していくことである。そのために、ビジネスモデルや企業文化などの変革が求められる」。これを読むと、力点は前半の「デジタル技術」ではなく、後半の「顧客視点で新たな価値を創出すること」にあるのは明らかである。

 しかしながら世の中の風潮は、DXというと、AI(人工知能)などの新しいデジタル技術を使いこなすことに力点があるため、そこに引っ掛かって悩んでいる経営者も少なくない。中には「AIは万能であり、魔法のランプよろしく『AIさん、もうかる方法を教えてください』と聞くと答えが返ってくる」といった錯覚にとらわれている経営者もいそうだ。そんなことはないと分かっていても、どこか期待したくなる気持ちは分からなくはないが。

 もしAIがもうかる方法を教えてくれたら、全ての経営者が同じことを知ることになってしまう。それでは、競争力の源泉にはなりようがない。

 「顧客視点で新たな価値を創出する」ために、経営者が本当に考えなくてはいけないのは、2つの視点を交錯させて経営ビジョンとそれに基づく今後のビジネスモデルを深めていくことだ。2つの視点とは(1)当社の顧客は誰なのか、そして数年後に誰を顧客にしたいのか、(2)顧客に提供してきた、あるいは今後提供すべき価値は何なのか、である。

 自社の価値と顧客との間には緊密な相関関係がある。自社の価値はこれだと思ったとしても、それが全く響かない顧客ばかりを相手にしていては、宝の持ち腐れにしかならない。また、あらゆる顧客に同じように受け取られる一般的な価値では、決して差別化はできないだろう。