全3564文字
PR

 最近、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進に関するシンポジウムなどが開催され、招いていただいて末席を汚すことがある。そのようなとき、必ずどなたかが発言し話題になるテーマに「デジタル人材の育成」がある。私はこれに違和感を覚える。

 どこに違和感があるかというと、この言葉の背後に「DXはデジタル人材がいないとできないか、あるいは十分に進まない」という含意を感じるからだ。さらにデジタル人材として想定されているのは、ほとんどが「AI(人工知能)などの最新のデジタル技術を使いこなせる人」のことだ。それについても心の中で「違うんだよな」と思いながら、反論には時間がかかるので、時間が限られている会合では黙っていることにしている。今回は思いのたけを語ってみたい。

 前回も書いたが、ようやくDXは「D」(デジタル技術)よりも「T」(トランスフォーメーション;変革)が大事との認識が広まってきている。経営とは環境や顧客の変化を見据えて、常に提供すべき価値を問い直していく仕事だとすれば、変革は経営の本質であるとも言える。しかも、ITが指数関数的に進歩している中では、変革のためにデジタル技術をどう生かすかを考えることは、経営者として避けて通れないことだ。

関連記事 DXでは「実現したい未来」の絵姿が大事、確固たるビジョンこそが初めの一歩

 だからこそ「デジタル人材の育成が大事」という議論に違和感を覚えるのだ。デジタル技術を経営にどう生かすかは「デジタル人材」の仕事だと言っているかのようで、「いまだにDXは経営から離れたところにあるのか」と寂しく感じる。

 「経営者が変革のためにデジタル技術をどう生かすかを考えるためにも、ある程度、経営者自身がデジタル技術を具体的に知る必要があるのではないか」という議論も予想される。特に、デジタル人材を育成する必要があると考える人の多くはそう思っているのだろう。

 私はそうは思わない。なぜなら、デジタル技術を使いこなすにはかなりの時間と労力を要するからだ。生来そういうセンスに恵まれた経営者はよいが、そうでない場合は、経営者として先頭に立って考えるべきことに注力したほうがよい。

 もちろん、デジタル技術を生かした変革を考える上で、経営者が一歩踏み込んだほうがよいこともある。それは業務プロセスへのコミットだ。デジタル技術そのものは、専門家に任せればよい。しかし、デジタル技術を最もビビッドに生かせるプロセスにはこだわってほしい。

 新商品の開発、新しい顧客の開拓や販売戦略、どこでどのように収益を確保するかなど、これまでも経営者が深く考えてきた領域に業務プロセスも付け加えてほしい。新商品を開発したとして、それをどのようなプロセスでターゲットとする顧客に正しく届けるのかというところにも、経営者は目を光らせる必要がある。

優れた「接種証明書アプリ」の残念だった点

 少ない人数で前向きに奮闘しているデジタル庁に水を差すようなことを言うつもりはないが、例として分かりやすいので、デジタル庁が開発した「接種証明書アプリ」の話をしたい。