「あのときのシステム開発の失敗は、私たち経営トップやビジネスサイドの役員にも原因があったのかもしれない」。今でも、海外グループ会社の社長のつぶやきを時折思い出す。
東京海上ホールディングスで海外グループ会社のシステム開発を支援していた頃の話だ。経営トップやビジネスサイドの役員がシステム開発を「自分事」として捉えるために、要件定義のみならずユーザー受け入れテストまでを、ユーザーサイドが責任を持って実施する「アプリケーション・オーナー制度」の導入が必須であると考え、海外グループ会社にも導入を促してきた。
しかし、その導入は必ずしもスムーズであったわけではない。「システム開発を自分事として捉える」と言ったところで、それが「道徳」のように「正しいが、どこか迂遠な話」に聞こえている限り、実行は伴わない。
冒頭に記した発言は、ある海外グループ会社の社長が、突然ハタと気づいたようにつぶやいた言葉である。それ以来、アプリケーション・オーナー制度の導入が急速に進み、次第に会社全体で「ITを経営の力とする」ことができるようになった。経営者のちょっとした認識の変容が会社を変えた。
ピーター・センゲは名著『学習する組織』(枝廣淳子、小田理一郎、中小路佳代子訳、英治出版刊)の中で、こう語っている。「学習する組織の核心にあるのは、認識の変容である。(中略)問題は、「外側の」誰かか何かが引き起こすものだと考えることから、いかに私たち自身の行動が自分の直面する問題を生み出しているのかに目を向けることへの変容だ。」
その社長は「私たち自身の行動が自分の直面する問題を生み出している」ことに気づいたのかもしれない。システム開発が失敗を続けるのは、システム開発をシステム部門やITベンダーだけの仕事と見なし、自分たちが全く関わらなかったことが原因であったかもしれないと悟ったわけだ。まさに社長の中で「認識の変容」が起きたのだ。
多くの社員は「自分の責任の範囲は、自分の職務の境界までに限定されると考えがちだ」(ピーター・センゲ)。システム開発のような新しい仕事は、自分の職務の境界「外」にあると考えるのは、むしろ自然な反応だろう。自分の職務の境界外にある仕事が失敗したら、「悪いのはあちら」(同)である。つまりシステム部門やITベンダーのせいだと思うのも当然だ。 人は長年続けてきた習慣的な仕事の仕方や役割分担から、物事を見がちなのである。