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 トーマス・エジソンが白熱電球を発明したのは1879年のことである。白熱電球の発明自体はその1年前にイギリスのジョセフ・スワンが先行していたといわれているが、エジソンが圧倒的にすごいのは、白熱電球単体の発明で満足することなく、電気システムという社会システムをつくったことだ。

 エジソンは翌1880年に直流電力の発電機を発明し、1881年に「エジソン電灯会社」をつくり、1882年には発電所を開設し電力供給を開始した。その際、エジソンは電力を供給するために必須の電気メーター、ヒューズ、電気スイッチ、コンセントなども併せて発明したというから驚く。エジソンは白熱電球の発明からわずか3年のうちに、電気システムの基礎をつくってしまったのだ。

 ここでお話ししたいのはエジソン偉人伝ではない。エジソンがこのように電気システムの基礎をつくりあげてから、工場がどこでも電気モーターで動き、電気が産業の基盤になるまで実に50年近くを費やしたという話をしたい。

 この話は次の2つの書籍を参考にした。『ザ・セカンド・マシン・エイジ』(エリック・ブリニョルフソン、アンドリュー・マカフィー著、村井章子訳、日経BP刊)と『未来を実装する』(馬田隆明著、英治出版刊)である。

 電気が普及する以前、工場の機械を動かす動力源が蒸気機関だったことは広く知られている。しかし、私もこれらの書籍で初めて知ったのだが、蒸気機関で生まれたエネルギーをベルトやギアで機械に伝えるには、なるべく機械を蒸気機関の近くに置く必要があったという。摩擦によるロスを防ぐためだ。

 『未来を実装する』で著者の馬田氏は次のように述べている。「蒸気エンジンが工場のレイアウトを決めていたと言ってもいいでしょう。そのため加工プロセスとは異なる順番で機械は置かれ、加工物は移動を繰り返す必要がありました」。

 さらに次のようにも書いている。「蒸気エンジンで稼働する工場の内部は危険極まりないものでした。勢いよく回るベルトに作業者が挟まって、引き込まれてしまう危険性が常にありました。メンテナンスも大変です。蒸気エンジンは停止させると再起動が大変なため、常に石炭を供給する必要がありました」。その上、「蒸気機関で動く工場は電灯がないため暗く、稼働時間も昼間に制限されていました」。