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 台風や豪雨が過ぎ去った後、過去に設計を手掛けた建物に連絡を入れて、被害の有無を確認するという建築家の内藤廣氏。挑戦的な形状の屋根でも、「これまでは雨漏りなどの問題はない」と言い切る。独立して最初に設計したプロジェクトの教訓を生かし、建物の用途や規模に応じて、三重、四重の防水で「雨漏りなし」を実践する。

防水や雨仕舞いを考える際、ベースとなるような教訓はありますか。

 私の中で忘れられない言葉があります。1970年代後半にスペインの設計事務所から日本に戻った後、西澤文隆さん(当時、坂倉建築研究所)に呼ばれてよく食事をしていました。あるとき、西澤さんがしみじみとこう言ったんです。「水は賢い」と。

 複雑な屋根で漏れないことがあるかと思えば、単純な屋根なのに漏れてしまうこともある。つまり、水の動きは設計者の想像を超えているというのです。その言葉が、私の中にずっと残っていました。

内藤廣建築設計事務所代表で、東京大学名誉教授の内藤廣氏(写真:山田 愼二)
内藤廣建築設計事務所代表で、東京大学名誉教授の内藤廣氏(写真:山田 愼二)
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 その後、独立して最初に手掛けた「ギャラリーTOM」(1984年)で、その言葉通りの痛い目に遭いました。ギャラリーTOMは水の問題をどうしても解決できなくて本当に苦労しました。「水が漏っている」と言われて、雪の降る夜中に懐中電灯を持って屋根の軒先まで見に行ったこともあります。真っ暗な雪の夜、軒先に立ったら本当に怖いですよ。落ちたら死ぬかもしれないですから。

 結局、デザイン優先でいくとそういう箇所が出てくるわけです。でも、そこできちんと対応しないと教訓になりません。無責任に逃げたりすると、たとえ建築家として成功したとしても、人としては失格ですね。

具体的な防水や雨仕舞いの在り方としては、どのような教訓をこのプロジェクトで得ましたか。

 「コーキングに頼ってはいけない」ということです。コーキングは必要な部材だということは認めますが、それに頼り過ぎた建物の防水や雨仕舞いは基本的にダメですね。

大きな屋根は事務所のセオリーに忠実に

2010年代の半ば以降、内藤さんが手掛けるプロジェクトは大型化しています。例えば、「静岡県草薙総合運動場体育館」(15年)のような大型施設では、台風や豪雨などの際、大量の雨水に対応する必要がありますね。

 この体育館は“屋根の建築”なので、ある意味では雨に対しては安全と言えます。私たちのセオリーにのっとった屋根の防水・雨仕舞いを講じています。上部は3寸勾配、下半分は急勾配の屋根です。面積の大きな屋根ですが、最大傾斜と部材の流れが一致しているので、基本的に問題はありません。

北東から見た「静岡県草薙総合運動場体育館」(2015年)の全景。右手にメインフロア、左の小さな建物にサブフロアが入る。外装は亜鉛合金板の折板ぶきと縦ハゼぶき(写真:吉田 誠)
北東から見た「静岡県草薙総合運動場体育館」(2015年)の全景。右手にメインフロア、左の小さな建物にサブフロアが入る。外装は亜鉛合金板の折板ぶきと縦ハゼぶき(写真:吉田 誠)
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 屋根の仕上げ材は、私たちが標準的に使っている亜鉛合金材です。棟部分も標準的な納まりです。この建物のように、屋根の面積が大きいときは、経験値にない材料を用いることは危ないですよね。基本的にはチャレンジングな材料は避けたほうがいいと思っています。

 また、建物外周にある鉄筋コンクリート(RC)造のリング部分が雨の「受け皿」になるので大雨に対してもゆとりがあります。そういうゆとりがない場合は、最近増えている豪雨のことも考えなければならないかもしれない。特に、不特定な人の出入りが多い公共の建物は慎重に対応しないといけないでしょう。

静岡県草薙総合運動場体育館の設計で描いた50分の1の矩計図(かなばかりず)。長辺方向、短辺方向それぞれの断面を切り出し、必要に応じて部位ごとの詳細図も添付している(資料:内藤廣建築設計事務所)
静岡県草薙総合運動場体育館の設計で描いた50分の1の矩計図(かなばかりず)。長辺方向、短辺方向それぞれの断面を切り出し、必要に応じて部位ごとの詳細図も添付している(資料:内藤廣建築設計事務所)
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美術館の屋根スラブには細心の配慮

内藤さんは美術館や博物館のような貴重な収蔵品を持つ建築を多く手掛けていますが、そうした建物で特に配慮している点はありますか。

 ポタッと雨水や結露水が垂れて、展示物や収蔵品に損傷を与えることだけは絶対に避けたい。いつもそう思って対策を講じています。具体的には防水層を二重、三重に構えています。特にフラット系の屋根だったり、上階に収蔵庫を持ったりする場合は厳重な対策を取ります。

「富山県美術館」(17年)はフラットスラブで、しかも屋上庭園があります。

 屋上庭園の設計は大変でした。現場が始まったのと同時くらいに屋上のサンプルをつくってもらい、防水については三重に備えています。屋上庭園の既製品のレベル、それを受けるトレーのレベル、そして一般的な防水層のレベル。私はそれでも信用していなくて、実はスラブの下にもう1枚の“屋根” を設けています。

 それは他の施設でもやっていることで、ここでは屋根スラブの下、「デザイン展示室」の上にもう1枚の屋根がある。小波のポリカーボネート板です。ここにセンサーが取り付けてあり、万が一、水が浸入してきたときは分かるようになっている。まだ一度もセンサーは働いていませんが、水下にリード線を流しておくだけ。それに水が触れると、ブザーが鳴る仕組みです。

「富山県美術館」(2017年)との一体感を意識した富山県富岩運河環水公園の上空から見下ろす。環水公園に向けて全面ガラス張り。向こうに流れるのは神通川(写真:吉田 誠)
「富山県美術館」(2017年)との一体感を意識した富山県富岩運河環水公園の上空から見下ろす。環水公園に向けて全面ガラス張り。向こうに流れるのは神通川(写真:吉田 誠)
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富山県美術館の矩計図(資料:内藤廣建築設計事務所)
富山県美術館の矩計図(資料:内藤廣建築設計事務所)
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