全3874文字
PR

 「AIと言えばニュースで脅威ばかり強調されていたけど、社会の身近な問題を解決できる便利な技術と分かった」

 「画像にタグ付けする『アノテーション』の作業が楽しかった」

 2020年2月19日、通信制高校のサポート校「ルークス高等学院」で、深層学習を使ったAIモデル開発授業の最終プレゼンテーションが催された。

ルークス高等学院での授業の様子
ルークス高等学院での授業の様子
[画像のクリックで拡大表示]

 この授業を担当したのは、深層学習ツール「ReNom」を開発するAIスタートアップのグリッドだ。2月3日から4回の講義と画像認識モデル開発の実習を経て、19日に学生が開発の成果を発表した。

 高校生に与えたテーマは「身近な問題を解決するAI」である。数人でチームを組み、「教室の出席人数を写真で判定するAI」から「トイレの待ち時間をなくすAI」まで、個性的なコンセプトのシステムを作成した。冒頭のコメントは、参加した高校生が実習の感想を述べたものだ。

 AI技術をハサミや定規のように使いこなし、世の中を便利にするAIリテラシー教育の姿とは。現場の工夫と試行錯誤をリポートする。

最先端のAI技術に触れた高校生の「気づき」

 ルークス高等学院の最終プレゼンでは、学習データの収集や拡張などの工夫や「気づき」について高校生が語った。

 例えば「教室の出席人数を写真で判定するAI」では、教室に並べたカメラの死角をどう埋めるか、密集した学生の人数をどう判定するかで苦労したという。

 「トイレの待ち時間をなくすAI」は、校内のトイレの前にカメラを設置し、スリッパの数をAIで判定して「トイレが使用中か否か」を教えてくれる。学習データを作成するため、カメラでスリッパを大量に撮影した。撮る角度や照明を変えた写真を学習させることで、スリッパの数を精度良く判定できるよう工夫した。

 「学生の出欠を管理する」AIシステムは、教室前に置いたカメラで学生を顔認証して出席登録することで、出欠を確認する事務員の負担を減らす。喜怒哀楽など多様な表情を撮って学習させると、無表情の写真を学ばせた場合よりAIの判定精度が高まったという。

 実習に参加した高校生にとって当初、AIはたまにニュースで流れてくる「謎の存在」だった。それが実習の後には認識が大きく変わったという。参加した学生の声を紹介しよう。

 「私は文系だから『AI』には関わらないと思っていた。実際にやってみると、思ったより地道な作業だったが簡単にAIを作れた」

 「AIについて知らないままiPhoneを使っていた。データを仕入れるのは超大変で、地道な作業の繰り返しだったが、AIの仕組みがよく分かった」

 「学習曲線のグラフを見ると、AIに愛着が湧く。iPhoneのSiri(対話エージェント)も、誰かが愛着を持って作ったんだな、と気づいた」

「まず頂上の景色を見てみる」グリッド式のAI教育

 高校生向けのAI教育プログラムを開発したグリッドの中村秀樹代表は、その動機について「現状でAI技術に触れているのは、数学や統計が好きな学生だけ。それも大学生になってから。これでは大変もったいない。AIを開発する人、使う人をもっと増やしたかった」と語る。

 例えば「ファッションデザイナーが街中の流行をAIで分析し、デザインに生かす」「プロのサッカー選手が自身のプレー動画を分析し、独自のトレーニングメニューを作る」など、個人の専門性とAIを組み合わせることで、AIの用途はより広く、身近になると考えた。

 まず中村代表は2018年夏ごろから、AI入門講座やPython入門講座などのセミナーに片っ端から通ってみた。だが社会人はともかく、高校生や大学1年生がワクワクできる内容とは思えなかった。「Pythonや回帰分析などの基礎知識は確かに重要だ。ただ、AI技術に興味を持つきっかけになる『入り口』としての授業が別に必要なのではないか」(中村代表)。そこでルークス高等学院と組み、高校生向けに独自開発の教育プログラムを展開することにした。

 既に高校生は「TikTok」などのスマートフォンアプリを通じ、気づかないうちにAI技術を使っている。そこで「数学は一切省き、AI技術の体験に重きを置くカリキュラムにした」(中村代表)。授業では、AI技術を使ったスマホアプリの機能や、有名人の偽画像を作成するDeepFakeなど、身近で分かりやすい事例を通じてAI技術を紹介した。

 加えてAI倫理を巡る議論にも時間を割いた。「AIが人を傷つけた場合、誰が責任を負うのか。まさに大人たちが答えを出そうとしている課題について、高校生同士で議論が大いに盛り上がった」(中村代表)。

 一通りAIの知識を得たところで、深層学習による画像処理AIの使い方を学び、AIを使って解決したい身近な課題を考えてもらった。最初は現実離れした課題の解決を挙げるチームが多かったが、有効な使い道を話し合ううちに「落とし物入れの中身を物体検知する」など身近な問題の解決へ目線が移っていった。

落とし物入れに届いた物品を自動で検出・分類し、校内SNSに自動で投稿
落とし物入れに届いた物品を自動で検出・分類し、校内SNSに自動で投稿
[画像のクリックで拡大表示]

 物体認識の場合、教師データとして1分類ごとに100枚近くの写真を集める。20種の物体を見分けるなら2000枚が必要だ。例えば顔認証に使う場合、iPhoneの連写機能で大量に撮っても、似た写真ばかりになるので精度は上がらない。高校生らは「表情を変えて撮る」「モノクロ写真も学習させる」など試行錯誤してAIの精度を高める方法を学んでいった。

 学習させるニューラルネットワークは「YOLO v1」「YOLO v2」「SSD」から選択でき、学生らはどのニューラルネットワークなら学習データとの相性がいいかを確かめていく。

 中村氏にとって意外だったのは、写真に正解データをタグ付けするアノテーション作業で学生が大いに盛り上がったことだ。「タグ付けがこんなに盛り上がるとは思わなかった。特に女子チームは作業にハマっていた。正確にタグ付けするスピードを競う競争も起きていた」(中村代表)。

 今回の授業で、深層学習の原理などの詳細を習得できたわけではない。「まずリフトで登って頂上の光景を見て、次の機会にゆっくり登りながら技術を習得していけばいいのでは」というのが中村代表の持論だ。今後は教育関連などの企業と組み、ReNomのツールと教材をパッケージで提供できないか検討しているという。