フランス発祥のITエンジニア養成校「42」の名は、IT人材の教育に関わる人なら一度は耳にしたことがあるだろう。その42の東京校「42 Tokyo」が2020年4月に開校する。
42はフランスの実業家が私財を投じて2013年に創立した完全無料のプログラミング学校だ。フランスが起業大国となるきっかけの1つになったとされ、今やシリコンバレーなど世界20以上にネットワークを広げている。経済産業省が進めるAI人材育成プロジェクト「AI Quest」も42の教育スタイルを一部参考にしたという。
42 Tokyoは既に2回の入学試験を実施し、20代を中心に700人近くが合格した。受講生はプログラミングの基本からセキュリティー、アルゴリズム、データサイエンスまで幅広いスキルを習得できる。フランス発の「黒船」は日本のエンジニア教育をどう変えるのか。
要諦は教え合いのインセンティブにあり
「完全無料」「教師がいないピアラーニング」「24時間365日学べる」――様々な視点で語られる42の教育システムだが、その最大の特徴は生徒同士の教え合いを促す巧みなインセンティブ(動機付け)設計にある。
42のカリキュラムはボードゲームのような円盤で表される。最初は中央の円盤からスタートし、与えられた「課題」を解くとコマを進められる。最初はプログラミングの基礎を学ぶが、外周へと進むに従って分野ごとにコースが枝分かれし、「iOSアプリ開発」「Unityゲーム開発」「ウイルス解析」などの専門領域を選べる。
ゲームに詳しくない方には恐縮だが、ファイナルファンタジーXにおけるキャラクター育成システム「スフィア盤」を思い起こさせる。自らをどう育成したいかを戦略的に考えながら、盤上でコマを進めてスキルを獲得する、というわけだ。
42が受講生に課す課題は、アプリケーションに直結した問題解決型が多い。例えばアルゴリズム分野では「チェスを作れ」、PHP分野では「YouTubeのような動画投稿サイトを作れ」といった具合だ。
42に「教師」はいない。受講者は課題を解くため、自ら校内のテキストやインターネット上の教材などで独学するか、分からない点は他の受講生に聞くしかない。42の基礎編におけるプログラミング言語はC言語に統一されているが、これは教科書やWebチュートリアルが充実しており、独学に適しているためという。
42で学習を進めるには、必ず学校に来て端末にログインし、校内のGit(ソースコード管理システム)にアクセスする必要がある。現時点で42がオンラインでの参加を認めていないのは、受講生同士の学び合いを促進するためだ。
「42の教育システムの優れた特徴は、『互いに分からないことを聞き、教え合う』というエンジニアの基本的なライフスタイルが身につく点だ」と、42 Tokyoの長谷川文二郎ディレクターは語る。
こうした「学び合い」を象徴する仕組みがコードレビューのシステムだ。1つの課題をクリアして次のマスに歩を進めるには、他の受講生によるコードレビューを受け、承認を得る必要がある。
こうしたコードレビューはボランティア精神あふれた一部の受講生により成り立っている、わけではない。そこに42の「教え合い」を促す巧妙な設計がある。
コードレビューを受けるには、42のシステム上で流通するポイントを相手に支払う必要がある。レビューを受けないと課題をクリアできないため、コマを進めるには別の受講生のコードをレビューし、ポイントを得るしかない。
受講生は空き時間を42のシステムに登録すると、システムがコードレビュー相手をランダムにマッチングする。自分よりレベルが高い人に当たることもあれば、その逆もある。
マッチングが成立した2人の受講生は隣り合って座り、一方が作成したアプリケーションの挙動やコードの品質をもう一方がレビューする。機能の確認からコードの検証まで含め、長い場合で1~2時間かかることもある。「こうしたレビューを機に、それぞれの得意分野について教え合ったり、疑問点を解消したりすることもある」(長谷川ディレクター)
こうして42内では、互いにレビューし、教え合う機会が半ば強制的につくられる。「人に分からないことを聞く」「人に分かりやすく教える」という、エンジニアにとって最も重要なコンピテンシー(行動特性)を習得できるわけだ。