「これからの脳卒中のリハビリは脳を治すアプローチが必要だ」(慶応義塾大学理工学部生命情報学科の牛場潤一准教授)――。脳卒中で脳内の血管が詰まったり破裂したりすると脳が損傷を受け、体が動きにくくなってしまう。これまでリハビリといえば、まひが残る体の部分に着目してトレーニングするアプローチが一般的だった。それに対して、損傷した脳に着目したリハビリ技術の開発が活発になってきた。
2015年に脳研究でブレークスルー
以前からリハビリ研究で脳は注目されてきたが、複雑な臓器であるため思うように研究が進んでいなかった。だが最近になって脳の活動状態を可視化する技術が発展して研究が大きく進展しだした。損傷を受ける前の脳画像と、リハビリをして体が動くようになった脳画像を比較することで、新しい知見が明らかになってきたのだ。
リハビリが成功した場合は損傷した脳の周囲が損傷部分に代わって活動し、体を動かす指令を補う。2015年に産業技術総合研究所などの研究グループが損傷前とリハビリ後のサルの脳を陽電子放出断層撮影(PET)で調べて明らかにした。さらに同グループは2019年に、リハビリの過程で損傷部位付近の脳の領域から新しい神経回路が構築されていることを突き止めた。
「リハビリがうまくいくときの脳の変化の様子が分かってきた。現在はリハビリ中に脳に望ましい変化が起きているかをモニタリングする技術を開発している」(産業技術総合研究所人間情報研究部門ニューロリハビリテーション研究グループの肥後範行グループ長)。具体的には機能的近赤外分光法(functional near-infrared spectroscopy:fNIRS)でモニタリングする方法だ。
fNIRSは頭皮上から近赤外光を脳内に照射し、脳の表面付近の血流状態を測定する。脳の血流は脳の活動を反映していることが知られている。脳が興奮すると酸素を必要とするため血流が激しくなるので、fNIRSが反応し信号を検知できる。
肥後グループ長らはサルを対象に、損傷付近の脳機能に関わる信号のみをピンポイントでモニタリングする技術を開発。現在は人の脳活動を計測できるように調整している。脳活動を可視化できるようになった暁には、本来の目的であるリハビリ用に脳の特定部位を機能させる技術の開発に移る。例えば薬の投与や脳に直接電気を流す方法、活性化させるためのトレーニングなどが考えられる。