オフィス家具大手のイトーキは社員が顧客企業の訪問といった時間を十分取れていないことを調査で把握。3年前の2017年、課題解消を目指して働き方改革を始めた。働き方に関するある方法論を踏まえて本社オフィスを新設。課題を解消して営業活動の時間を増やすといった成果を得ている。
オフィスビルの建設ラッシュで企業が移転を進めており、オフィス家具やオフィス設計の市場は活況を呈している。一方で営業担当者が能動的に客先を訪問する機会が減っている。なんとかしなければ――。
2017年ごろ、こんな課題に直面していたのがオフィス家具やオフィスデザインなどを手掛けるイトーキだ。当時は働き方改革の機運が高まっていたこともあり、イトーキも2017年から働き方変革実行委員会を立ち上げて、自社内の見直しを本格的に始めた。
当時直面していた課題の背景には、イトーキが「顧客からアポイントメントを積極的に取り、情報提供や提案などをしていく」という営業活動を重視していることがある。毎年一定期間、営業担当者がどのような仕事にどれだけの時間をかけているのか、働く内容に関する調査をしている。その結果、2017年までの数年間で、営業担当者の顧客訪問時間が減ってきていると分かった。
「オフィス関連市場が活況で短期的にはよくても、営業担当者の顧客訪問時間が少ないままだと、景況感の落ち着きとともに悪い影響が出てくる。そうなれば業績面で大きな痛手になりかねないとの懸念があった」。イトーキの藤田浩彰営業戦略統括部営業企画部マーケティング戦略企画室室長は当時を振り返る。藤田室長は社内の働き方変革実行委員会の運営にも携わっている。
営業にかける時間が減ってきた2つの理由
時間が減ってきた理由は大きく2つあった。1つは営業担当者が顧客に向けた提案内容を、じっくり検討する必要が出てきたことだ。背景には顧客企業が働き方改革で取り組むテーマが広がってきたことがある。見直す対象はオフィス家具やオフィスレイアウトだけにとどまらず、社員の働き方そのものや、働き方を支えるITの整備など多岐にわたる。イトーキの営業担当者もそれに合わせて幅広い提案を検討する時間を確保する必要に迫られていた。
もう1つが働き方や職場の環境だった。東京地区で働く社員800人にアンケートしたところ、働く場所について「会社が用意している働く場の選択肢に満足していない」と答えた社員が全体の9割近くに上った。「オフィスで集中できない」とする社員も4割ほどいた。藤田室長は「顧客に紹介しても恥ずかしくないオフィスだったが、働く場として課題があると考える社員が多いことは驚きだった」と振り返る。
調査では社員がどんな業務を重視しているかも尋ねた。その結果、多くの社員が重要な業務として挙げたのは、個人的なデスク作業や手順が決まった作業だった。新しいアイデアを生むためのコミュニケーションや雑談といった業務は重要度が下がり気味だった。
営業拠点の支店長も調査で分かった課題を肌で感じているようだった。2017年はちょうど2018年から始める3カ年の中期経営計画を立案している最中だった。支店長たちの間に「現在策定が進む中期経営計画で掲げられる業績目標を達成できるか見通しが立たない」といった懸念が広がっていた。
こうした懸念を議論するため十数人の支店長たちが合宿をして議論。「働き方や働く場を見直していくような変革が必須だ」といった結論を出したことが経営層にも伝わり、全社的に取り組むことが決まった。
社員自らがありたい姿を描いて変革を推進
イトーキは「社員1人ひとりの生産性を飛躍的に高めるような抜本的な策を打っていく」ことを目指し、自社の取り組みについてあえて「働き方変革」と呼んでいる。2018年から、本格的に働き方変革を進めていくのに先立ち、働き方変革の意義や目指す姿、施策、標語を社員たちが自ら固めていった。
具体的には働き方変革の意義として「人手不足の中、社員1人当たりが生み出す付加価値を高める」「人材を確保したり採用したりできるように働き方を変える」「今いるメンバーから新しい能力ややる気を引き出すために働き方を変える」といった内容を掲げた。
目指す姿として「自律した多様な社員が、働く時間や場所、仕事の仕方そのものを自分でデザインして最大のパフォーマンスを発揮し、お客様の満足と発展にかかわり続ける」ことを掲げた。その姿を実現するために「仕事の仕方を革新する」「オフィスやICTを最先端にする」「人事面などのルールや制度を整えてフレキシブルに働けるようにする」といった策を講じることにした。
これまで営業担当者は、顧客訪問や見積もり、受注手配、現場へ製品などを納入する納期管理を一気通貫で進めていた。このやり方だと、人材の確保や採用で課題が出てくる。担当する仕事が多岐にわたるため、すべてに精通するまでには時間がかかる。そのため、これまで営業を経験したことがない社員や、採用されて間もない社員が営業現場の第一線で活躍するには、かなりの期間がかかっていた。
そこで営業活動にかけられる時間を増やすこと、そして人材確保や採用が容易になることを狙って、営業担当者の仕事を見直した。具体的には、それまで営業担当者がやってきた仕事のうち、見積もりや納期管理などについて社内の専門組織を立ち上げて集約したのだ。
営業担当者はこれまで見積もりや納期管理に使っていた時間を、顧客企業の訪問に割り当てられるようになった。新たに採用する社員も、見積もりや納期管理などの仕事を覚えるためにかける必要があった時間を、営業スキルを高める時間に振り向けられるので、即戦力として活躍しやすくなる。
分散していた東京の4拠点を新本社に集約
しかし、営業担当者の仕事を見直すことで新たな課題も出てきた。専門組織と営業担当者が緊密に連携を取って案件を進めていく必要がある。「コミュニケーションを取りやすくするITや、オフィスが必要だ」(藤田室長)と見えてきたのだ。
特にオフィスは東京地区の場合、拠点が4カ所に分散していた。「スムーズに連携していくには大きなオフィスに集約したうえで、関係する社員がリアルな場でコミュニケーションを取りやすくする必要がある」。そこでイトーキは分散していた東京地区のオフィスについて、新本社オフィスを立ち上げて集約。2018年12月に移転することにした。
新本社オフィスで目指す働き方変革の標語も「XORK Style(ゾークスタイル)」と決めた。「WORK」の頭文字であるWをアルファベット順の次に来るXに置き換えて、従来のワークスタイル変革をより一層進めていく思いを込めた。東京・日本橋に立ち上げた新本社オフィスは「ITOKI TOKYO XORK」と命名した。
ITOKI TOKYO XORKは固定席をなくすなど、社員が働き方の自由度を高められるよう設計している。「働く場の選択肢が少ないと指摘する社員が多い」という調査結果を踏まえ、「社員個人の充実度、働き方の自由度をより一層高めることで、企業としても安定成長できるようにする」(藤田室長)。
オフィス環境づくりで参考にしたのが世界各地の先進企業のオフィスだ。藤田室長らは2015年ごろからオフィス環境の先進企業を視察してきた。「働く人が自由に内部を移動していたり、健康的に働いていたりするオフィスが印象的だった。ぜひそうした働く場を当社の新オフィスでも実現したかった」と藤田室長は振り返る。