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 2020年4月1日、日本のものづくりをIoT(Internet of Things)技術で牽引(けんいん)する現場人材の育成を目的として一般社団法人「ファクトリー・サイエンティスト協会」(以下、FS協会)が発足した。大企業の半分以下にとどまる中小製造業の1人当たりの付加価値額を高め、108兆円の製造業全体の付加価値額を一歩一歩向上させていくという強い意思の下に立ち上がった協会だ。執筆陣の1人である長島も協会理事として名を連ねている。今回は、番外編として同協会の狙いと取り組みを紹介したい。

 これまで日本の中小企業にとって、IoT投資は費用対効果の測れないものとされてきた。しかし、テクノロジーの低廉化によって中小企業でも少額のデジタル投資で現場の生産性を高められる時代が始まった。そこではデジタル化によって従来業務を省力化し、捻出した時間を新たな付加価値創出に活用していくことが重要となる。工程の改善だけでなく、顧客の開拓、新たな価値を生み出すための研究開発に費やすことで、ものづくり中小企業が競争力を高め、各社がそれぞれの「武器」を持って戦える時代が来たのだ。

ものづくり現場からの悲鳴

 FS協会の発起人の1人でもある慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)環境情報学部教授の田中浩也氏は、「日ごろから、これまでのデジタル・ファブリケーションの研究の成果を製造業に役立てたいと考えていました。そこに研究開発型町工場、由紀精密の大坪正人社長との出会いがあり、ファクトリー・サイエンティスト育成講座の構想が浮かびました。2018年3月のことです」と、協会発足の経緯を振り返る。

 その由紀精密の大坪社長は、「現在、多くのものづくり企業で人材や資金といったリソースが不足して、IoTにまで手が回っていないのが実情です。実際、製造現場には安全確保や稼働状況の把握、機械の故障予知など課題が山積みです。IoT技術に興味があっても、仕様を書ける人がおらず、ベンダーの提案を受けても価格や機能の妥当性が分からないために発注を躊躇(ちゅうちょ)するパターンが多い」と現場の苦しい実情に心を痛める。

 主要顧客が大企業のIoTベンダーにとっても、中小製造業の現場の課題を的確に捉えるのは難しい。提案も機能や品質、耐久性などがオーバースペックになりがちだ。そこでFS協会は、現場の課題を熟知した人材に「IoTの眼」を持たせ、自らの手で作ったデジタルツールで小さな課題解決を積み上げていく、というやり方に目を付けた。この方法でこそ、IoTが中小企業の工場のツールとして大きな役割を果たし、IoT化を推進する近道になると考えたのだ。

求められるデータ起点の3つのスキル

 ファクトリー・サイエンティスト(FS)とは、3つの能力(スキル)を備えた製造現場で働くIoTのエキスパートだ。1つ目は、IoTデバイスやセンサーなどを駆使して簡易な方法で現場からデータを取得する「データエンジニアリング力」。2つ目は、収集したデータをクラウドに上げ、他のデータと照らし合わせて、有益な情報を紡ぎ出す「データサイエンス力」。3つ目は、得られた情報を基に戦略を練り上げ、データを説得材料として事業の意思決定に活用する「データマネジメント力」だ(図1)。

 これら技術・分析・経営の3つのスキルを持ち合わせた人材こそがFSといえる。企業はFSの育成を通じて、経営に貢献する真の工場デジタルトランスフォーメーション(DX)を進めていく。FSは工場長を支え、デジタルものづくりへの移行を牽引する役割を果たす。

 「技術が分かるだけでなく、3つの能力を総合的に備え、製造現場を改善するための具体的な戦略を立てられる人材、未来の原動力を生み出せる人材を育成したい」と田中教授は意気込む。

図1 ファクトリー・サイエンティストに求められる3つのスキル
図1 ファクトリー・サイエンティストに求められる3つのスキル
(出所:FS協会)
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