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 東急大井町線の中延駅から1分程歩いたビルの1階に「ファブラボ品川」はあった。壁一面に飾られたカラフルな自助具が目を引く。自助具とは、病気やけが、加齢などで低下した身体機能を補うための道具。そんな室内では、ファブラボ品川のファウンダーである濱中直樹氏と同ディレクターで作業療法士でもある林園子氏の2人が筆者らを迎えてくれた(図1、2)。

 ファブラボ品川は、多様な工作機械を備えたオープンな市民工房の世界的ネットワーク「ファブラボ」の拠点の1つだが、他にはない特徴を持つ。「作業療法士がいる」という点だ。「さまざまなユーザーが必要とする自助具を個々に開発し、それらをオープンソースデータとして公開する活動を推進しています」と濱中氏は話す。

 濱中氏によると、作業療法のルーツの1つは、19世紀後半に英国で興ったアーツアンドクラフツ(Arts and Crafts)運動というデザイン活動にあるという。アーツアンドクラフツは、産業革命による大量生産で工場労働が増えた時代に、職人的なものづくりの復権を目指して始まった。「それが第1次世界大戦の頃、米国に渡って、傷病兵などのケアに活用し始めた人たちの中でOccupational therapy(作業療法)として体系化されたようです」(濱中氏)。

 手を動かして編み物をしたり、粘土細工したりといった手工芸(クラフト)的な活動は、心身共にその人に良い影響をもたらすという。「今の時代なら、デジタルファブリケーションも活用すれば、もっとたくさんの人の笑顔を生み出せるはず」と、2018年4月に立ち上げたのがファブラボ品川だ。

図1:ファブラボ品川ディレクターの林園子氏(左)とファウンダーの濱中直樹氏(右)
図1:ファブラボ品川ディレクターの林園子氏(左)とファウンダーの濱中直樹氏(右)
(出所:きづきアーキテクト)
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図2:壁一面のカラフルな自助具
図2:壁一面のカラフルな自助具
(出所:ファブラボ品川)
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“意味ある作業”をかなえていく

 リハビリの国家資格には、作業療法士と理学療法士、言語聴覚士の3つがある。林氏はこのうちの作業療法士の資格を持っている。「作業療法士は、リハビリを受ける方、その周囲の方々にとって“意味ある作業”を一緒に見つけ出し、一緒にかなえていく仕事」と林氏は言う。

 作業療法における「作業」は、英語では「Meaningful occupation」といい、その人にとって意味のある作業によって、その人の心や時間、身体動作を整え、最適化していくとの意味があるという。日本語の「作業」という言葉のイメージとは大きく異なり、その人のWell-being(幸福)を高めたり、機能向上につなげたり、介護量を減らしたり、自律度を高めたりするという意を含んでいるのだ。よって、必要があれば身体機能訓練のような理学療法ももちろん取り入れる。自助具が必要なら、作業療法士が一緒になってつくり、その人のやりたい作業ができる環境を整えていく。