「火を使って鋼を鍛えて刃物を作る鍛冶屋です」――。諏訪田製作所(新潟県三条市)の3代目の代表取締役である小林知行氏は、自社をこう紹介する。2021年に創業95年を迎えた同社は、ものづくりで知られる新潟県燕三条地域を象徴する企業の1社。「SUWADAのつめ切り」は世界的にも有名で、実は筆者も愛用している。筆者にとっては日本を象徴する工芸品の1つで、海外からの来客にこのつめ切りをお土産として渡すと間違いなく喜んでもらえる逸品だ。
そんな同社は、燕三条地域で10年ほど前から広がっている工場を開放し、見学者を迎え入れる活動「オープンファクトリー」の先駆者でもある。新型コロナウイルス感染症拡大で人の移動がはばかられる状況ではあったが、22年11月のオープンファクトリーイベント「燕三条 工場の祭典」に際して訪問の機会をもらった筆者は新潟県に向かった。
「伝統とは火をともし続けること」
諏訪田製作所は、オープンファクトリーのコンセプトつくりに始まり、オンラインショップの出店、カフェの設営や社員食堂(レストラン)の来訪者への開放、SNSでの情報発信、クラウドファンディングの活用と、ものづくり企業として先進的かつ幅広い取り組みを展開している。その背景には、グッドデザイン賞やドイツのレッドドット賞などを毎年のように受賞している優れた商品開発力がある*1。その強さの秘訣はどこにあるのか。
筆者の問いに、代表の小林氏は、「鍛冶の仕事に誇りを持って職人の手仕事を続けているだけです」と事もなげに答える。「喰切のつめ切りもデザインが進化して大きさが変わったり使いやすくなったりしていますが、基本的な機構は95年前と何も変わっていません。分類としては、確かに当社はメーカーかもしれませんが、仕事としてはあくまでも鍛冶屋。ブランド化などは特に意識していません」と、手仕事の基本を重視していると強調する。
その手仕事に使っている道具も多くが手作りという。例えば鋼をたたくためのハンマー。柄の素材には「創業以来そこに生えている山桜を使っている」(小林氏)。山桜はしっかり打てて、しかもたたいた時に手首への衝撃が少ないという*2。仕事の質を高めるため、こだわりをもって手になじんだ道具を使い続けているのだ。
ただし、「伝統を守る」とは、同じことを繰り返すだけではない。小林氏は、オーストリアの作曲家グスタフ・マーラーの「伝統とは灰を崇拝することではなく火を灯(とも)し続けること」という言葉を引用し、同社の伝統についての考え方をこう説明する。「灰になった薪(まき)を大事にするように昔のものに固執するのではなく、灯をともすために薪をくべ続ける(ように新たな製品開発を続ける)ことが重要なんです」。
さらにこう続ける。「『昔のスワダの方がよく切れたね』と(顧客から)言われたら刃物鍛治としておしまいと切磋琢磨(せっさたくま)し続けています」(同氏)。時代が変わり、生活様式が変われば、顧客のニーズもそれに合わせて変化する。ものづくりは、それに追い付き追い越す必要がある。「昔は良かった」というのは「灰を崇拝する」のと同じというわけだ。