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 場所は京都。阪急電鉄「西院(さいいん)駅」から南へ4分ほど歩いたところに、シルバーの「LiQ」という文字が印象的な黒塗りのビルがある。今回訪れたのは、精密金属部品メーカーであるキャステム(広島県福山市)が2018年に立ち上げたデジタル開発支援施設「京都LiQビル」だ。ビルに入った途端、ミニチュア工具、アクセサリー、実物大ロビンマスク(漫画『キン肉マン』のキャラクター)、モンスターボールの虫籠など、ユニークな製品に目がくぎ付けになった。促されて2階の会議室に向かうと、同社新規事業部本部長の戸田有紀取締役と同部京都LiQ事業課長の石井裕二氏が筆者らを迎えてくれた。

図1 新規事業部本部長の戸田有紀取締役(左)と同部京都LiQ事業の石井裕二課長(右)
図1 新規事業部本部長の戸田有紀取締役(左)と同部京都LiQ事業の石井裕二課長(右)
(出所:つぎて)
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本社とは立ち位置が全くが違う

 キャステムは、ロストワックス精密鋳造やメタルインジェクション(MIM)の技術を用いて、鉄道・工作機械・医療機器など、さまざまな産業の精密部品を製造・販売している。だが、「京都LiQは(広島の)本社とは立ち位置が全く違う」と戸田氏は言う。広島の本社では、金属加工を中心に産業機器の部品を造っており、量産品も多い。

 一方、京都LiQは、デジタルスキルを持ったメンバーが、金属加工から離れて地場産業とつながりながら活動している。京都LiQを通して地場産業の人々にデジタルに触れてもらい、新しいものづくりを創造するきっかけを生み出す――。それが京都LiQの取り組みだ。

 京都には、町としての価値、文化的価値がある。そこに新しい技術を組み合わせれば、「何か生まれるのではないかという期待があった」と石井氏は語る。従来のものづくりに、歴史や文化を踏まえた感性を取り込み、新しいものを生み出す。新規事業を立ち上げて発信できれば、キャステムグループ全体のスケールアップにもつながる。これが立ち上げ当初の構想だった。実際、仕事の大半は、研究開発や美術工芸、ホビーなど、新しいものづくりへの挑戦だ*1。オープンからわずか4年だが、狙い通りデジタルラボとしての機能を果たしている。

*1 部品の設計や試作といった仕事は全体の25%にとどまる

“おかしな組織”に集まる人たち

 京都LiQの発足のきっかけは、2015年にキャステムが3Dプリンターを導入したことに遡る。「遊びでもいいからとにかく使ってみよう」と導入したところ、扱い方や特性をマスターして、本業の「改善ツール」の製作に活用する社員が現れた。さらに卓上3Dプリンターを全国の営業拠点に配置すると、図面に描かれた「もの」をあらかじめ造形して商談に臨むようになった。すると、図面だけではできなかった検討が可能になったり、多くのアイデアを得られたりと、社内で「3倍速営業」と呼ぶほどの成果を上げた。今ではフルカラー3Dプリンターを含めて、50台近くを日々活用している。

 こうした素早い動きの背景には、新規事業本部という「ちょっと変わった組織」(戸田氏)の存在があった。その名の通り新規事業を創造する部門で、フラットなチームを幾つも抱え、それぞれが全く異なる挑戦をしていた。機動力を確保するため社長直轄となっており、決まった報連相の仕組みもない。金属加工をやっている本社の“まっとうな組織”からは、様子のおかしい組織として見られていたという。

 「社長特命組織だから隠密部隊というイメージになる。それが嫌で、どんなに打たれようとも、やっていることを全てオープンにした」(石井氏)。本社の社員に「あいつら、こそこそと」とは絶対言わせないとの覚悟で、できる限り情報を発信した。「遊んでばかりいやがって」と皮肉る人も多かったが、逆に面白がってくれる人もいた。「気に入った人はどんどん来てください」とのスタンスだったので、社内外から人が集まり相互に尊重できる仲間が増え始めたのだった。