3D業界で数多くのイノベーションを起こしてきた原雄司氏は、事業方針の違いから2017年にケイズデザインラボ(東京・渋谷)の社長を退任して、新たな道を模索し始めた。面識のあった実業家の孫泰蔵氏に相談したところ、原氏の可能性に期待をかけた孫氏から「一緒にやらないか」と声をかけられた*1。何より、孫泰蔵氏との出会いのきっかけをもらい、出資ほかもろもろの支援を約束してくれたMistletoe Japan(孫泰蔵氏がファウンダー)代表パートナーの宮田人司氏の強い後押しで、51歳での起業を決意した。しかも2017年に3社という挑戦だった。
具体的には、2017年7月に3D関連のコンサルティングや研究開発などを手掛けるデジネル(東京・新宿)、デジタルものづくりの職人・デザイナーらが結集して未来のものづくりを目指すデジタルアルティザン(東京・目黒)の2社を同時に設立した。デジネルはいわば顧客に体験や価値を提供する「こと」を興す会社、デジタルアルティザンはデジタルツールのコミュニティーで「ヒト」を育てる会社といえる。原氏のこれまでの経験を様々な人に生かしてもらいたいという思いと、デジタルものづくりの「フリーメイソン”を作り、世界を良くしたい」(同氏)との思いを形にした。東京の池尻大橋に大きなスタジオ「DiGITAL ARTISAN STUDIO」を設立*2。様々な分野の腕に覚えがある技術者たちがそこで自律的に活動し、技術を共有財産としてどんどん活用できる場もつくった。
2社の具体的な活動の一端を紹介しよう。
デジネルでは、様々な企画・コンサルティングを手掛けた。例えば、精密鋳造部品のキャステム(広島県福山市)には、顧問という立場から3Dツールを活用した新事業の立ち上げを支援した。著名人の身体の一部を金属で造形する「History Maker」のプロデュースは、その成果の1つだ*3。本連載でも取り上げた、産業用CTを擁するキャステムのデジタル拠点「京都LiQ」の立ち上げにも深く関わった。
その他、東京・銀座の蔦屋書店の初のクリスマスイベントでは美術作家ヤノベケンジ氏によるアート作品 「猫とアートとクリスマス」の企画を提案し、「SHIP'S CAT」の展示と3Dツールで製作したグッズをプロデュース。その他、Mistletoe JAPANの投資先である様々なハードウエアスタートアップや製造業の支援にも携わってきた。現在も3Dデジタル技術の活用の相談や、講演の依頼などを受けて様々な活動を行っている。
一方、デジタルアルティザンでは、デジタル職人が様々な著名人とのコラボレーションでプロジェクトを量産していった。例えば、「江戸図屏風」と「江戸橋広小路模型」をモチーフとして、開発者ユニットである「AR三兄弟」がAR(拡張現実)技術を用いて生み出した作品「屏風から家光を探せ、からの、取り出す江戸時代」や、約450年続く一子相伝の「楽焼」を3Dプリンターで同じ質量になるよう積層造形するという落合陽一氏の企画などを支援してきた。
デジタルアルティザンのメンバーのオリジナル製品も数多く生まれた。ヒールにかかる荷重に合わせた有機的な形をユーザーごとに造形する靴「FORMLESS」は事業として独立を果たした。ネイルチップを一人ひとりにぴったり合わせて作るための3Dデータ自動生成に使う高精度3Dスキャナー「NAIL SCAN」や、直径3mのスペースがあれば200分の1秒で全身をスキャンできる3Dスキャナー「3D GATEWAY」も開発した。3D GATEWAYは分解・組み立てが容易で運搬しやすく、開発当時はペットやコスプレの撮影で人気を博した。今後はメタバースの世界で大活躍しそうだ。