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電子スピンの集団、つまり磁化の向きで情報を記録するMRAMがいよいよ実用化時期を迎えている。混載用フラッシュメモリー(eFlash)や揮発性のSRAM、DRAMの代替が当初のターゲットだ。最大のインパクトは、1/100から1/1000という異次元の消費電力低減効果。今後のコンピューター、特にIoT端末やAIチップに破壊的変化を起こしそうだ。

 次世代不揮発性メモリー技術のMRAM(MagnetoResistive RAM、磁気抵抗効果型メモリー)がいよいよ本格的な実用化時期を迎えつつある。その影響は大きく今後のコンピューター技術を大きく変えていく転換点になりそうだ。

熱対策が技術革新に

 MRAMが変えるのはメモリー技術というよりもむしろコンピューター自体である。コンピューターの歴史ではこれまで計3回、マイクロプロセッサーなどからの熱発生量がシステム許容量の限界に近づいた後、ブレークスルーをもたらす技術の採用によって大幅に“冷却”されてきた(図1)。しかもその際、主な用途や主導的プレーヤーも同時に大きく刷新されてきた。

図1 4度めの冷却期は熱発生量が1/100以下になる異次元へ
図1 4度めの冷却期は熱発生量が1/100以下になる異次元へ
コンピューターの発熱と技術の変遷を示した。軸となる技術やメインプレーヤーおよび主な用途交代するきっかけとして、発熱が限界に近づいたことが挙げられる。本誌は、2020年前半にも4度めの「冷却期」が到来し、それを主導するのがMRAMとその基盤となるスピントロニクスであると推測する。用途はIoTとAIだが、主導的プレーヤーはまだ見えていない。(図:IBM、東北大学の資料を基に日経エレクトロニクスが作成)
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 最初の“冷却期”は、1980年代後半~1990年ごろ。それまでは米IBMや富士通が主導するメインフレーム機がコンピューターの主軸で、バイポーラやNMOSタイプのトランジスタが主流だった。それらがCMOSタイプのトランジスタへ転換することで、単位面積当たりの熱発生量が大きく低減した。

バイポーラ=p型半導体(P)とn型半導体(N)をPNPまたはNPNと積層して中間層に電圧を印可することでスイッチングするタイプのトランジスタ。
NMOS=金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ(MOSFET)の一種で、チャネル層にp型半導体、ソース/ドレイン電極側にn型半導体を配置したトランジスタ。ゲート電極に正の電圧を印可するとソース電極からドレイン電極に電流が流れる。NPN型バイポーラとの最大の違いはゲート電極がチャネル層と絶縁されている点である。Intelはマイクロプロセッサー「80286」シリーズまではNMOS(同社はHMOSと呼んでいた)を使っていた。
CMOS(相補型MOS)=NMOSと(NMOSとはn型とp型半導体の配置が逆の)PMOSを並べて相補的に利用する設計を指す。

 CMOS技術自体は1960年代からあったが、動作性能がNMOSなどに比べて著しく低かった。ブレークスルーは日立製作所が1978年に発表したCMOS SRAMの個別部品「HM6147」で、米IntelのNMOSベースのSRAM「Intel 2147」と動作性能で並び、消費電流は約1/7以下を達成し1)、製造プロセスは3µmだった。

 ただし、この技術で事業が大きく伸びたのはIntelだった。Intelは、日立製作所が開発した多結晶SiベースのCMOS SRAMに替えて、トランジスタ(T)6個から成るより高速なCMOS 6T SRAMを開発。それを用いて1985年にマイクロプロセッサー「80386」を開発した。これが当時のパソコン向けマイクロプロセッサー市場で競合だったIBMや米Motorola(現オランダNXP Semiconductors)に大きな差を付け、やはり1985年にリリースされた米Microsoftの「Windows 1.0」と併せてWintel時代が本格的に始まった。

 その後、バイポーラトランジスタの雄だった米IBMが1994年にCMOSタイプのトランジスタから成るメインフレーム機を発表してCMOSへの世代交代がほぼ完了した。この時、それまでのメインフレーム機で必須だった水冷も不要になった。