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これまでスピンの制御はもっぱら電流で行われてきた。最近になって、スピンを電流と分けて制御する技術が注目され始めた。メモリー技術としてだけでなく、トランジスタやセンシング、さらには通信にまで純粋なスピンが利用され、既存の最先端技術からさらに1/100~1/1000の超省エネルギー化が実現する時代が近づいている。

 MRAMは、トンネル層を挟んだ2層の磁性層の磁化の向きが平行か反平行かで電気抵抗値が変わるTMR(トンネル型磁気抵抗効果)という現象を記録に利用した最先端技術である。ただし、同じ原理の技術は既にハードディスク(HDD)のヘッドにも用いられている。時代を遡れば、数十年前からある磁気テープなども磁化の分布をアナログ信号として読み取る技術である。いずれも、磁化は電子スピンの集団から成るため、俯瞰的にみればいずれも電子スピンを扱う「スピントロニクス」という技術で括れる。

 しかし、今後の次世代MRAM技術やスピンを扱う技術群は、スピントロニクスの一部でありながらまったく新しい面を持っている。それは、情報の書き込みや読み出し時の両方、またはいずれかで電子とスピンを分けて扱うという点だ(図1)。

図1 スピンの動きを電子とは独立に制御可能に
図1 スピンの動きを電子とは独立に制御可能に
これまでのスピントロニクスと「マグノニクス」とも呼ばれる新しいスピントロニクスの違いを示した。これまでは、スピンを電子と一体のものとして扱っており、スピンの制御と電流の制御を区別できていなかった(a)。新しいスピントロニクスでは、電子とスピンを切り離し、スピンだけを制御することも可能になってきている(b)。これにより、既存のMRAMのさらに1/100以下の低消費電力素子の実現も見えてくる。
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 電流でスピンを制御する場合、スピンを扱っているつもりでも、ジュール熱の発生が避けられず、消費電力はリーク電流を除けば他の電子を扱うメモリー技術と大差がない水準になってしまう。STT-MRAMのように、大きな電流をMTJに流すとデータを破壊したり、素子寿命が短くなったりする弊害も出てくる。

 一方、新しいスピントロニクスでは電子とスピンを分けて扱う。ちょうどラグビー選手とラグビーボールのように、電子(選手)が走る向きとスピン(ラグビーボール)が流れる向きがほぼ直交するケースが多い。電流がまったくなく、スピンの流れ(純スピン流またはスピン波、またはマグノンとも呼ぶ)だけを扱うケースもある。

マグノン(Magnon)=スピン波を角運動量の最小単位でみた(量子化した)ときの準粒子の名前。

 そのメリットは大きい。例えば、(1)記録素子に電流を流さずに済み、素子の長寿命化につながる、(2)記録素子の電気抵抗値とジュール熱との相関がなくなる、あるいはジュール熱をゼロにできる、(3)スピンだけの制御に必要なエネルギーは非常に小さいことが多く、大幅な省エネルギーにつながるといった点だ。素子によっては、既存のMRAM技術の1/100~1/1000という消費電力を実現できる可能性がある。