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 「海外に比べ相対的に高賃金という重荷を背負う日本国内の工場だが、『アフターコロナ』時代にはグローバルなサプライチェーンの中で存在感や重要性を増すだろう」。東京大学大学院経済学研究科教授で、ものづくり経営研究センター(MMRC)センター長の藤本隆宏氏はこう見る。パンデミック(世界的な感染症の流行)という「見えない災害」にも強いサプライチェーンとはどのようなものか。サプライチェーン研究の第一人者である藤本氏に解説してもらう。

東京大学 大学院経済学研究科教授でものづくり経営研究センター(MMRC)センター長の藤本隆宏氏(写真:本人提供)
東京大学 大学院経済学研究科教授でものづくり経営研究センター(MMRC)センター長の藤本隆宏氏(写真:本人提供)
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 今回の新型コロナウイルスが引き起こしたパンデミックは、世界のどの拠点であっても工場が止まるかもしれないという、「グローバル競争時代に起こった初めてのグローバル規模の災害」である。直近の緊急対応は当然のことながら、感染拡大が収束する「アフターコロナ時代」に向けて、各国の産業競争力、グローバル産業構造、グローバルサプライチェーンの地理的配置の変化などに目を向けて対策を講じる必要がある。特に重要なのは、サプライチェーンの「競争力」と「頑強性」のバランスを動的に変化させられるようにすることである。

 昨今のような不安まん延期になると、「グローバルサプライチェーンはもう懲りた。これからはローカルサプライチェーンで地産地消だ」「在庫の積み増しが必要だ」などという議論も出てくる。しかし、そうした一方的な視点に立った方策には賛成できない。なぜなら、「グローバル競争は毎日起きている」というもう1つの現実を忘れているからだ。

 結論を先に言うなら、筆者はこれまでグローバルの大競争や大災害を生き延びてきた日本国内の工場は、アフターコロナの時代にその重要性や存在感を増していく可能性があると見ている。その組織能力を海外拠点にも押し広げつつ、パンデミックに対しても強い防御力を持つグローバル生産体制を構築していく。具体的に、平時には競争力重視のグローバル・ローカル・サプライチェーンを編成する一方、災害時には頑健性重視の編成に迅速にスイッチできる柔軟な体制が望ましい。

大競争にも大災害にも強い現場

 感染症対策が厄介なのは、今回のような世界規模での人の移動制限が、どのくらいの頻度で起きるのか予測できない点だ。しかし一般論で言えば、グローバル感染拡大という非常時と、そうでない平時が、どんな間隔で繰り返されるかによって、あるべき生産体制の姿も違ってくる。いずれにせよ、アフターコロナにおける日本企業のグローバル生産体制を考えるためには、長期的視野を持つと同時に、少なくとも東西冷戦終結後30年における国内優良現場の能力構築の歴史をしっかりと把握しておく必要がある。

 日本の製造業は平成の30年間、当初は賃金差にして中国の20倍という強烈なコスト面で重荷を背負ったグローバル競争下でも生き残り、その間、成長こそしなかったものの、GDP(国内総生産)の20%強(約100兆円強)という付加価値規模を維持してきた。さらに、この間に起こった阪神大震災、東日本大震災、あるいは多くの水害などの大災害に見舞われても、サプライチェーンの迅速な復旧で世界を驚かせた。

 この30年間の逆境によって選別され鍛えられた結果、大競争にも大災害にも強い国内製造現場が生き残り、それらが2020年の日本の製造業の中核を形成している。アフターコロナの生産論は、この歴史認識から出発すべきである。表面の数字や気分だけで「日本の製造業はどうせダメだ」と論じる向きもあるが、こうした浅い認識では、正しい将来分析はできない。