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中国勢の強みがリセット

 とは言え、ドローンに関する日本の動きは遅きに失しないのか。DJIは既に1万3000人もの社員を抱える“巨人"であるし、中国には100社以上のドローンメーカーがひしめくと言われる。今から追い付き追い越せるのか…。

 「産業ドローン開発では中国企業の優位性がいったんリセットされる。品質・安全性で勝負できる日本の機体メーカーにはチャンスがある」。中国のドローン事情に詳しいエアロネクストCEOの田路圭輔氏はこう言い切る。NEDOを管轄する経済産業省も「産業分野ではまだ勝者は決まっていない。これから現場に本格導入する際には、安全性や信頼性、カスタマイズ力において日本企業が強みを発揮できる。日本の機体メーカーの産業振興のチャンスだ」(製造産業局産業機械課)とする。

 中国勢に“勝てる"という根拠は、基本は同じドローンでも、ホビーや空撮に使われる一般用と産業用では要求特性が異なる点と、現場の要望に合わせたソリューションの作り込みが必要になる点にある(図9)。センシンロボティクス社長の北村卓也氏は「我々はDJI製の機体も使っており、非常に優秀だと評価している。しかし、DJIの空撮ドローンをそのまま産業用途に使うことはできないし、同社もこの分野にはあまり展開できていない」と話す。

図9 産業ドローンでは中国勢の強みがリセット
図9 産業ドローンでは中国勢の強みがリセット
空撮用途では世界で圧倒的な強さを誇るDJIだが、産業ドローンでは状況が大きく異なる。世界的に見て産業ドローンはこれから本格的な社会実装期を迎えるため、日本勢にもチャンスがある。左の写真はDJIが2020年4月に発売した重さ570gの小型ドローン「Mavic Air 2」。4K/60fpsの動画を撮影でき、最大34分間飛行する。右はDJIが5月に発表した産業ドローン「MATRICE 300 RTK」。同社として初のエッジAI(人工知能)を搭載したモデルと位置付けている。(写真:DJI)
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 国内のドローン事業者は「空撮ならDJIで問題がない」と口を揃える。ところが、例えば橋梁などの点検では異常個所を発見するために数mの距離まで接近したり、下側に入り込んで撮影したりする必要がある。複雑形状の構造物の周囲は気流が不安定な場合もあり、そうした場所でも構造物に接近しつつ、ぶつからないよう安定的に飛行することが求められる。単なる「空撮」とは異なる、現場の要求に合った特性が求められる(図10)。

(a)農薬散布用
(a)農薬散布用
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(b)ロボットアーム搭載の作業用
(b)ロボットアーム搭載の作業用
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(c)屋内点検用 
(c)屋内点検用 
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(d)壁面張り付き厚さ計測用
(d)壁面張り付き厚さ計測用
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図10 産業ドローンは用途に応じて多様
(a)ヤマハ発動機の農薬散布用ドローン「YMR-08AP」。(b)プロドローンの直接作業型大型ドローン「PD6B-AW-ARM」。アームで物を運んだりできる。(c)下水道の点検などに向けた球体ドローン「ELIOS 2」。スイスFlyabilityが開発。(d)テラドローン傘下であるTerra Inspectioneeringの煙突やオイル・ガスタンクの板厚を超音波で計測するドローン。(写真:各社)

 国産ドローンには、昨今の“米中分離"も追い風になる。テラドローン社長の徳重徹氏は「産業ドローンでは送電線といったインフラや地図など安全保障に関わるデータを取得するため、米国をはじめ先進国では、中国企業はビジネスが難しくなる」と見る。国内でも政府調達のみならず、インフラを保有する企業などがセキュリティーに対する懸念から「国産ドローンを導入したい」と要望するケースが増えているという。 

 もちろん、DJIも黙って見ているわけではない。「日本の産業ドローン市場にはホワイトスペースが多いと本社も判断している。国土交通省が主導するi-Constructionでのドローン活用は、お手本にしている」(DJI Japan)という。「国産」に対する要望が特にない民間分野では、引き続き、DJIが存在感を発揮する可能性もある。

現場導入の壁は高い

 もっとも、現在はドローンが場所を問わずさまざまな現場で活躍する社会の実現に向け、入り口に立ったに過ぎない。国内では農薬散布が数百億円規模の市場になっているが、それ以外の用途が拡大するには、技術改善や運用のルール作りを含め、多くの環境整備が必要になる。

 具体的には、機体の安全性や性能向上はもちろん、複数の異なる業者が運用するUTMの社会実装、ドローンポートの配備、そして顧客の現場で省人化・無人化を実現するソリューションの開発だ(図11)。「ドローンにはコストの壁がある。既存の作業手順書を代替でき、コストも安くならないと導入されない」(KDDIビジネス開発部ドローン事業推進Gグループリーダーの博野雅文氏)。

図11 産業ドローンが本格普及するために必要な要素
図11 産業ドローンが本格普及するために必要な要素
ドローン機体の改善はもちろん、UTM、そして現場の課題を解決する省人化・無人化ソリューションまでがそろわないと本格的な普及は望めない。ソリューションではAIの活用が重要になる。右のAIの画面は、NTTドコモが開発した鉄塔のサビを画像から自動検出するAI。ドローンポートおよびUTMの画面はKDDI。同社のUTMはドローンのライブビュー映像、機体の姿勢や運行状況などが表示され、自律飛行を制御する。(図:日経エレクトロニクス、写真:NTTドコモ、KDDI)
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 逆に言えば、コストを含めて既存の方法と比べてメリットが享受できる分野から、ドローンの導入が進んでいくということだろう。

 産業ドローンに求められる応用分野ごとの要求や現在の達成度をまとめた三菱総合研究所によれば、機体に関しては、点検向けではセンシングや自己位置推定技術が、物流向けには航続距離の改善が必要だ(図12)。ただ、産業ドローンが難しいのは、同じ点検用でも現場によって要求がかなり異なることだ。例えばフレアスタック(製油所などで余剰ガスを焼却した際に出る炎)では耐風性や設備に近づかずに高解像度撮影することが求められる一方、トンネルや下水道の点検では非GPS環境下での自律飛行や暗所での高解像度撮影、乱流に対する飛行安定性などが求められる(図13)。

図12 産業ドローンに対する応用分野ごとの要求特性や現在の達成度
図12 産業ドローンに対する応用分野ごとの要求特性や現在の達成度
点検や輸送(物流)向けの機体には性能改善が求められる。UTMの確立やドローンポートの整備なども重要な要素だ。なお、制度に関しては2022年度までに機体の登録などが義務化されることが決まった。所有者は氏名や機体の種類、型式などを登録してIDを取得。IDは機体に付けると同時に飛行中も無線で発信する必要がある。(図:三菱総合研究所の図を基に本誌が作成)
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(a)鉄道のトンネル内の点検
(a)鉄道のトンネル内の点検
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(b)倉庫内の在庫管理 
(b)倉庫内の在庫管理 
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図13 非GPS環境にも多くの活躍の場
GPSの電波が届かない屋内外の空間に向け、自己位置推定技術を搭載したドローンを活用する実証が進んでいる。(a)はJR北海道の鉄道トンネルの点検を自動化する実証の様子。廃線トンネル(旧栗山トンネル)を使用。ACSLが開発した画像処理とレーザーを組み合わせた閉所飛行の技術を使った。(b)はブルーイノベーションが2020年の「CES」で発表した、インドアフライトプラットフォーム「BI AMY2」。複数のセンサーを活用することで精度数cmで自己位置を推定できる。マーカーがなくても倉庫など狭い空間を飛行可能という。(写真:(a)は北海道旅客鉄道、(b)はブルーイノベーション)

 つまり、産業応用では機体のみならず、現場に入り込んだソリューションの作り込みが重要になる。社会課題先進国の日本で生まれたソリューションには、海外展開のチャンスも巡ってくるだろう。