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高周波発振器
BAW素子採用でPLLを不要に

 体積弾性波素子(BAW素子)は水晶など体積弾性波を利用した圧電振動子の総称であるが、水晶と差別化するため、本稿ではこの定義を「圧電薄膜を用いた振動子」に限定して用いることとする。BAW素子は圧電薄膜を上下電極膜で挟んだ構造をしており、基本振動を強勢に得るため、この多層構造が基板から振動絶縁されている。代表的なBAW素子の構造を図3に示す。

図3 BAW素子の構造例
図3 BAW素子の構造例
BAWでは振動絶縁のために、様々な構造がある。例えば、(a)のように基板の掘り込みにより共振器の直下に空隙を形成したり、(b)のように基板に加工を施さず共振子を浮かすことにより空隙を形成したりする。また、(c)のように 音響インピーダンスの極端に異なる2つの膜をλ/4の厚さで交互に成膜し、音響的なブラッグ反射膜を形成することで共振器に振動エネルギーを閉じ込める構造も実用化されている。(図:筆者)
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 BAW素子は携帯電話機のフロントエンドにて、送受信デュープレクシングを行うフィルター素子として広く活用されており、表面弾性波素子(Surface Acoustic Wave:SAW素子)と比較して、2GHzを超えるような高い周波数帯で好適に利用される(図4)。CPT原子時計で活用される代表的なアルカリ金属元素であるルビジウム(Rb)とCsの時計遷移周波数を図4に書き加えると、BAW素子の利用帯域が原子時計の帯域に重なることがわかる。特にRbの周波数は実際の通信規格のそれと重なる。このBAW素子を共振器として活用し、原子時計用の発振器を構築することで、水晶発振器とPLLベースの周波数逓倍器とを必要としない、新規の原子時計システムを、円滑に市場展開することが可能となる。

図4 SAW/BAW素子の通信システムにおける住み分けと原子時計の動作周波数との関係
図4 SAW/BAW素子の通信システムにおける住み分けと原子時計の動作周波数との関係
2GHz周辺以下ではSAW、以上ではBAWが適していると一般に言われている。ただし近年の開発では、これに限らない。(図:筆者)
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 図5は我々が開発したBAW発振器の特性である。図5(a)は開発した素子の発振スペクトルである。Rb原子時計で必要とされる3.417GHzの発振周波数が周波数逓倍処理なしに実現されている8)。図5(b)はRbのCPT共鳴を用いて安定化を行った場合の発振スペクトルである。測定スパンが大幅に狭まっていることに注目すると、発振ピークが急峻となり、位相雑音の改善が得られている9)

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図5 原子時計用BAW発振器の特性
図5 原子時計用BAW発振器の特性
開発した素子の発振スペクトルでは、Rb原子時計で必要とされる3.417GHzの発振周波数を周波数逓倍処理なしに実現している(a)。RbのCPT共鳴を用いて安定化を行うと、発振ピークが急峻となり、位相雑音も改善される(b)。発振の安定度の指標であるアラン分散では、原子スペクトルに安定化され、平均時間にともなって分散が減少していく様子が確認できる(c)。(図:筆者)
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 図5(c)は、アラン分散による周波数安定度を評価した結果である。ここで、アラン分散は発振周期のばらつきを統計的に処理したもので、分散が小さいほど周期(周波数)が安定していることを示す。また、この分散が平均時間を増大させるのに伴って減少する場合は、発振器への安定化制御が有効に機能し、平均化効果で周期のばらつきが抑制されていることを示している。一方、増大していく場合は、周波数が定まらず、ずれていく(ドリフトする)様子を表している。本図では、フリーランニング状態のBAW発振器がドリフトしていくのに対して、BAW発振器を図2(a)のフィードバックシステムに組み込むことで、安定した原子時計動作が得られていることが確認される9)

 図6は我々が開発したBAW発振器の写真である。サイズ比較のため、水晶発振器とPLLチップとで構成した原子時計用RF発振器の写真を付記した。本図より、BAW発振器のコンパクトさが実感される。

図6 原子時計用BAW発振器のサイズイメージ
図6 原子時計用BAW発振器のサイズイメージ
水晶発振器をPLLを用いて逓倍処理を掛ける場合(a)と比較して、開発を行ったBAW発信器では大幅な小型化が実現できる(c)。なお、真ん中のクモ(b)は、ハエトリグモ(♀)で、日本で一般的に見られる巣を持たない徘徊性のクモである。発達した2つの愛らしい目が特徴的である。(図・写真:筆者)
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