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学会の主流は有機EL

 マイクロLEDやその用途となるARグラスが話題を席捲する一方で、有機ELディスプレーも健闘している。SID 2020では、シンポジウムの講演タイトルにOLEDの言葉がある講演だけで約90講演もあった。一方、マイクロLEDは約30講演で、数の上では有機ELが圧倒した。

 SID 2020における有機ELディスプレーで目立ったのがフレキシブル有機ELディスプレーについての講演である(図9)。このディスプレーの有機EL層のRGB(赤緑青)のパターニングおよび成膜方法は現時点で、(1)ファインメタルマスク(FMM)による蒸着、(2)インクジェット印刷によるRGB塗り分け、(3)白色発光の有機EL層+カラーフィルター(WOLED)の3方式に大別できる。ただ、(1)は大型化が難しく、(3)は高コントラストという有機ELの特徴を生かし切れていない。

図9 フレキシブル有機ELはRGBパターニング方式で3つ巴の戦国時代へ
図9 フレキシブル有機ELはRGBパターニング方式で3つ巴の戦国時代へ
フレキシブル、あるいは技術的にフレキシブル化が容易な有機ELパネル技術をRGBパターニング技術で分類した。インクジェット印刷技術(a、b)、FMM(c、d)、WOLED(c)と大きく3種類に分かれる。これまではパネルの寸法ですみ分けるというのが主な見方だったが、今後はインクジェット印刷技術が、FMMやWOLEDの適用領域を侵食していく可能性が出てきた。(写真:(a)と(c)は日経クロステック、(b)、(d)、(e)は各社)
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 今後の対抗技術となるマイクロLEDは映像表示性能の点では極めて優秀で、上述のように近い将来に中~大型ディスプレーの製造コストも下がってくる見通しだ。ただし、フレキシブル化技術は発展途上だ。こうした点から、フレキシブル有機ELディスプレーの中でも、量産で非常に安くなる可能性がある中型以上のインクジェット印刷方式が唯一“将来性”があるカテゴリーといえる。

 だからだろう、次世代フレキシブルOLEDの技術開発や製品化競争もこのインクジェット印刷方式に集中しつつある(表2)。

表2 インクジェット印刷技術で有機ELディスプレーパネルを試作または量産した例
開発元 AU Optronics JOLED Samsung Display BOE TCL CSOTと Juhua Tianma Microelectronics
画面寸法 17.3型 21.6型など(最大32型) 18.2型 55型 31型 4.92型
画素数 3840×2160画素 3840×2160画素 3200×1800画素 7680×4320画素*1 3840×2160画素 1728×972画素
精細度 255ppi 204ppi 202ppi 160ppi 142ppi 403ppi
輝度 350cd/m2 350cd/m2 350cd/m2 *2 400cd/m2 150cd/m2 150cd/m2
リフレッシュレート 120Hz 60Hz 未公開 120Hz 未公開 未公開
TFT技術 未公開 LTPS TFT 未公開 Oxide TFT Oxide TFT LTPS TFT
その他 実用化時期は未公表 ガラス基板のパネルは量産開始済み。423ppiのディスプレーも試作済み 2020年10月に量産との一部報道あり 8.5世代ガラス基板で製造 TCL CSOTは2020年6月にJOLEDと資本業務提携を発表 2020年7月に米Kateevaに、200mm幅のガラス基板向けインクジェット印刷装置を発注

LTPS:低温多結晶Si  Juhua:Juhua Printing and Display Technology  TCL CSOT:TCL China Star Optoelectronics Technology  QD:量子ドット
*1 1920×4320画素のパネルを4枚貼り合わせて実現  *2 白色発光時

10月にSamsungも量産?

 インクジェット印刷方式を開拓したのはかつてのパナソニックやソニー、後のJOLEDだ。同社は2017年12月にパイロットラインでの製造を開始し、2002年前半に5.5世代ガラスを用いる量産ラインを稼働させた1)。ただし、これまでの製造業の例にもれず、韓国、台湾、中国の競合企業がJOLEDを猛追している。製造装置メーカーの米Kateevaなどが既に専用のインクジェットプリンターを開発し、こうした企業に提供し始めていることが背景にある。

5.5世代ガラス=寸法が1300mm×1500mmのガラス基板

 例えば、中国BOE Technology Group(京東方)は55型8Kの有機ELディスプレーをインクジェット印刷で試作済みだ。韓国Samsung DisplayはSID 2020で18.2型のインクジェット印刷による有機ELディスプレーについて講演した。同国の一部報道では2020年10月にインクジェット印刷による有機ELディスプレーを量産するという。中国TCL Groupは講演で「3年以内に8.5世代ガラスでの量産技術を確立する」と述べた。中国Tianma Microelectronics(天馬)は2020年7月にKateevaに、研究開発用製造装置を発注した。

8.5世代ガラス=寸法が2200mm×2500mmのガラス基板。

 ただし、取り得る選択肢は、自力で開発する正攻法だけではないようだ。TCLの子会社であるTCL China Star Optoelectronics Technology(TCL CSOT)はJOLEDと資本業務協定を締結し、テレビ向け大型有機ELパネルを共同開発すると2020年6月に発表した注4)。TCL CSOTは以前、Kateevaの装置を使うと報道されていたが、JOLED側の製造装置に技術の成熟度で一日の長があるようだ注5)

注4)これはJOLEDにとっては推進していたライセンス戦略の1つといえる1)。ただ、相手企業も独自開発を進めており、思惑がどこにあるかは読み切れない。
注5)JOLEDが用いている製造装置は、パナソニック プロダクションエンジニアリング(PPE)とJOLEDの共同開発品1)。一方、有機EL材料は住友化学製で、競合の中国企業などと共通する。ただし、インクはJOLED自身が開発したという。

 情報戦も激しくなっている。SID 2020のまさに開催期間中に、Samsung Displayのインクジェット印刷技術の技術者2人が中国企業に技術情報を流した疑いで韓国警察に逮捕されたもようだ。中国企業の名前は公表されていない。

青色の発光効率が低い

 インクジェット印刷方式の技術的課題は大きく2つ。「(小型ディスプレー向けの)FMM方式と比較すると、精細度と発光効率がそれぞれ1/3と低い」(Samsung Display)点だ(論文番号41-2、図10)。

(a)インクジェット印刷は精細度と発光効率の低さが課題
RGBのパターニング
方式(製品)
FMM(Samsung
Electronics製「Galaxy S10」)
インクジェット印刷
(JOLEDの量産パネル)
パネルサイズ 6.1型 21.6型など
画素数 3200×1440画素 3840×2160画素
精細度 550ppi 204ppi
発光効率 2.2cd/W 0.5cd/W
(b)インクジェット印刷向け青色発光材料の発光効率が1/3と低い点が(a)の大きな要因に
青色発光材料 成膜方式 真空蒸着
(出光興産)
インクジェット印刷
(ドイツMerck)
発光効率 195cd/A/CIEy 60cd/A/CIEy以上
図10 青色発光の効率がインクジェット印刷技術の課題に
インクジェット印刷技術の課題を示した。Samsung Displayはインクジェット印刷技術とFMMを比較し、精細度や発光効率が著しく低いと指摘する(a)。精細度は製品化のターゲットとなるパネル寸法の違いが大きいが、発光効率、特に青色発光材料の発光効率が低い点は、改善に時間がかかりそうだ(b)。(表:データはSamsung Display調べ)

 ただし、精細度については既に大きく高まっている。例えば、JOLEDがSID 2020で精細度を従来の2倍超である423ppiまで高められることを確認したと発表(論文番号41-1、表2)。中国Juhua Printing Display Technologyも4.92型と小型ながら、403ppiという高精細度の有機ELディスプレーをインクジェット印刷方式で試作済みだ(論文番号36-2)。

Juhua Printing Display Technology(広東聚華印刷顕示技術)=2016年に中国CSOT(現TCL CSOT)と天馬が合弁で設立した企業。

 残る課題はインクジェット印刷方式の青色発光材料の高発光効率化に絞られた格好である。