
遠隔操作ロボットを用いて、離れた場所からリアルな労働力を物流業界に提供する取り組みが始まった。ベンチャー企業のTelexistence(テレイグジスタンス)は2020年9月、コンビニにロボットを導入し、商品陳列の作業を開始した。同社代表取締役CEOの富岡仁氏に展望を聞いた。(聞き手=内田 泰)
2020年9月14日に開業したコンビニエンスストア(コンビニ)「ローソン Model T 東京ポートシティ竹芝店」に、当社のロボット「Model-T」を導入しました。Model-Tはヒト型ロボットで、VR(仮想現実)ゴーグルをかけて手にVRコントローラーを持ったオペレーターがネットワーク経由で遠隔から操作します。ローソンでは店内バックヤードにModel-Tを設置し、コンビニ事業で売り上げの大きな割合を占める飲料(ペットボトル、缶)、および中食(おにぎり、サンドイッチ、弁当など)を対象に陳列しています。例えば、日商50万円の店舗の場合、1日3000回の陳列作業があり、それを安定的にこなすのが目標です。
なぜ、わざわざロボットを導入するのに作業を完全に自動化しないのか。既に工場などでは作業を自動化する多くの産業ロボットが稼働しているし、商品の陳列についても世界で多くの企業がディープラーニング(深層学習)を活用する専用ロボットの開発を進めています。
しかし、現実には産業用ロボットとコンピュータービジョンで解けない問題がいろいろとあります。最も典型的なのが、AI(人工知能)ベースの画像認識を使って物体を識別し、物体のどこをつかめばいいのかという把持点を抽出するプロセスです。環境が安定した工場の中と違って、店舗や屋外など工場の外は多くの変数やランダム性のある世界なので、画像認識が正確にできないことも多い。要はAIの「フレーム問題」と呼ばれるもので、今のコンピュータービジョンの限界がそこにあるのです。
実際、ローソンの店舗では販売している飲料や中食が2000種類、形状は200種類にも及びます。環境に変動要素が多い上、陳列される商品の形状がこれだけ多くなると、画像認識ですべてを正確にこなすのは難しく、そこでは人間の知覚能力の助けを借りる「遠隔存在(テレイグジスタンス)」という技術が威力を発揮します。ロボティクス技術においては、工場や倉庫以外での商品陳列は最難関とされており、世界的にも店舗での陳列に遠隔操作ロボットが導入されるのは今回が初めてではないかと考えています。私は産業ロボットで既に解けている問題には興味がなく、解けていない領域を事業の対象と考えています。
最初にコンビニに照準を合わせたのは、離職率が年間で50%以上とされるほど深刻な人手不足に直面しており、課題解決のニーズが高いことがあります。加えて、ビジネス上の戦略もあります。当社はハードウエアメーカーであるため、今後、ロボットを量産化して他の分野にもスケールできないとビジネスが成立しません。その点、コンビニは1店舗でも導入に成功すれば、商品やオペレーションが規格化されているのですぐに他の店舗に展開でき、量産効果が見込めます。コンビニ以外にも、スーパーマーケットやホームセンター、ドラッグストアなどへの展開も視野に入れています。もちろん、Model-Tはネット越しに遠隔操作するので、海外展開も可能で、2022年以降に賃金が高い米国への展開を計画しています。例えば、海外のコンビニなどの商品陳列を、東京にいるオペレーターが作業するということも実現できます。
当社では2024年に1500台のModel-Tを稼働させることが目標です。これを実現できれば、コンビニ店舗が商品陳列にかけている人件費と比較して、ロボット導入のコストが見合うようになると試算しています。今後、ロボットの導入が進めば、コンビニの物流ネットワークの効率化に貢献できる可能性もあります。現在、コンビニの配達トラックは、同じ地域で8店舗程度を回っていることが多い。そして1店舗の移動に約30分がかかります。そこで1人のオペレーターが時間差で各店舗のロボットに“入って”、トラックの移動時間に陳列を終えれば、ちょうど次の店舗に到着したときに別のロボットに入って作業ができます。1人が8台のロボットを使って陳列することで、全体の作業を効率化できるのです。