「勝利」という目標のために日頃から身体と精神を鍛えているアスリートには、人間の進化に向けた数多くのヒントが詰まっている。今、アスリートの世界で注目されているのが「脳」の働きだ。超絶なスキル、瞬時の状況判断、強靭なメンタルなどはいかに生み出されるのか。テクノロジーの進化が、この未解明領域の謎を明らかにしつつある。
スポーツは身体能力が高ければ勝利をつかめるほど単純ではない。実際、160km/hのボールを投げる投手、100mを10秒台で走るサッカーのフォワードがプロで活躍できるとは限らない。勝つためには、身体を巧みに操って高度なスキルを発揮するとともに、瞬時に適切な状況判断や予測をし、プレッシャーに負けないようメンタルを制御することが重要だ。これら3つの要素を司っているのが「脳」である(図1)。
トップアスリートの世界では、パフォーマンスを可視化するトラッキング技術の普及で、既に膨大なデータが蓄積されている。しかし、アスリートの脳については未解明な部分が多く、世界中で多くのチームや企業、研究機関が「内面の可視化」に挑んでいる。
ここではアスリートの脳機能の解明に関する先端的な取り組みを紹介する。NTT(日本電信電話)コミュニケーション科学基礎研究所の「スポーツ脳科学プロジェクト」(以下、SBS)だ(図2)。これまでアスリートの脳を調べる研究は実験室で脳計測装置を使って数多く行われてきた。これに対してSBSが目指しているのが、実際にプレー中の選手の脳活動を解析することでパフォーマンスとの関係性を明らかにし、「勝てる脳」を作ることだ。SBSのリーダーである、柏野多様脳特別研究室室長の柏野牧夫氏は「現時点では、直接脳からの信号ではなく、計測に信頼性がある生体データや身体動作を解析することで、その背後にある脳機能を『ハッキング』するアプローチを主眼としている。プレー中の様々なデータが集まってきており、脳機能を解明しつつある段階だ」と話す。