パラリンピックに出場するような障がい者アスリートの脳は独自の“進化”をしていることが、最近の研究で分かってきた。その知見は、ニューロリハビリテーション(神経疾患に起因する機能障害回復のためのリハビリ)やアスリートの新たなトレーニング法の開発に活用できる可能性がある。
「神経科学の成果や知見は、スポーツにはまだ生かされていない。パフォーマンスを高めるための様々なニューロモジュレーション†がこれから出てくるだろう。例えば、イップス†を克服できれば大きなインパクトがある」。『パラリンピックブレイン』(東京大学出版会)の著者で、パラアスリートの脳活動を分析している、東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授の中澤公孝氏はこう予測する(前編の図1)。
脳には「可塑(かそ)性」という性質がある。アスリートのように競技ごとの特定のトレーニングを積み重ねると、脳内の神経細胞(ニューロン)間のシナプス伝達の効率や、構造が変化するなどの再編が起こる。同氏は数人のパラアスリートの身体能力を調べる中で、彼らの運動を制御している脳の働きが驚くほど変化していることに気づいた。 それ以来、様々な競技や障がいを持つアスリートの脳を調べた結果、パラアスリートの脳内にはオリンピック選手に比べ「はるかに大きな変化が起きている」(中澤氏)ことがわかったという(図2)。
現在はそれを突き止めた段階だが、将来的にはニューロリハビリテーション†の発展に貢献したり、アスリートの新たなトレーニング法を開発したりできる可能性があるとする。例えば、人間の体は酸素濃度が低い高地のように何らかの障害状態に直面すると、脳がそれに対応しようと変化する性質がある。そこで仮想的な障害状態を作りだして“脳を鍛える”といったトレーニングが考えられる。