人間の知的能力の拡張にはAIの進化が欠かせない。主力技術の深層学習では、現在の限界の突破を狙った研究が始まった。人間の意識の機能を手掛かりに、新しいアーキテクチャーを模索する。進化したAIと人との連携には、いずれはBMI(Brain Machine Interface)が利用されそうだ。(今井 拓司=フリーランスライター)
カナダUniversité de MontréalのYoshua Bengio教授らが期待を寄せる仮説の1つがグローバルワークスペース理論である1)。1980年代に提唱され、脳計測との整合性やAIとの親和性も高い。この仮説では、脳は様々な処理を専門的に実行する多数のモジュールからなり、異なるモジュール間で情報を共有する際に使うメモリーの内容が意識に上ると考える(図1)。この共有メモリーをグローバルワークスペースと呼ぶ。
ここに情報を書き込めるのは、注意によって選ばれた一握りのモジュールに限られ、結果は全てのモジュールに送られるとされる。Beigio教授はこの仕組みを各モジュールから変数を選び出す関数になぞらえ、少数の情報を集めて複雑な考えを構成する働きがあると推察する2)、注1)。
かつてのAIに近づく
Bengio教授は意識が処理する内容に踏み込んだ仮説も立てている。意識の内容が言語で表せることに想を得た「スパース・ファクター・グラフ」と呼ぶ情報の表現方法である。その核になる仮定は、人が意識する世界の状況は、物体の状態などに対応する少数の変数と、それらの間のスパース(まばら)な相互作用で表されるというものだ。
例えば、キャッチボールという動作は、言葉では人とボールの関係や状態を「投げる」「飛ぶ」「受ける」といった簡単でまばらな表現で表せる。ところが現実に動作を実行するには、詳細な筋肉の動作の生成やボールの軌道の正確な予測といった複雑で連続的な情報処理が必要である。人は後者を無意識で処理できるため、意識的な情報処理では、現実の細部にこだわらずに言語のような抽象的な表現で、計画や予測が可能になるわけだ。
この仮説に基づいて、処理の対象となる世界の状況を抽象的に記述できるのがスパース・ファクター・グラフといえる。言葉で表現できる相互作用は、基本的に物体や概念などの間の因果関係を表すと想定している。このアイデアを解説した論文でBengio教授はスパース・ファクター・グラフのことを「学習するエージェント(人やAIに相当)が計画や判断、想像などに利用する、世界の非常にラフな近似」と呼んでいる。このような表現をグローバルワークスペースなどと合わせて用いれば、システム2の能力を備えるAI実現への第1歩になるかもしれない。
世界の状態を言語などの記号で表し、論理的に推論するのがシステム2の機能だとしたら、実はAIの研究分野に先例がある。80年代に主流だったエキスパートシステム†など、旧来のAIである。深層学習にはシステム1の処理を任せて、エキスパートシステムのような論理処理を得意とするAIでシステム2の機能を実現するという考え方もありうる。実際、米IBMがそのようなシステムを開発した例がある3)。
Bengio教授らはこの方向には否定的だ。システム2の実現にもDNNを用いることで数々の利点があると指摘する。データを使った学習で効率的にシステムを構築できることや、抽象的な概念をDNNによってベクトル表現に変換すれば概念間の関係を明確にしやすいこと、抽象的な概念を感覚などの低次の情報にうまく関連づけられること、不確実性を的確に扱えることなどである。