私はサプライチェーンのコンサルティングに従業している。新型コロナウイルスの影響が顕在化した2020年2月以降、クライアントやサプライチェーン関係者らと、何度も対策の会議を重ねてきた。ほぼ毎週のようにビデオ会議システムを利用しながら、意見交換会を実施している。
2月から3月上旬までは、中国に生産地や調達先を集中させていたことへの反省が多かった。私自身も「グローバリズムがアンチグローバリズムを生んだ」と様々な原稿で書いた。中国依存への見直しが進んでいると感じた。
しかし、3月下旬からは異なる意見が目立ってきた。まず東南アジア各国で生産が止まり、欧州は絶望的、米国もひどい状況にある。時間差であらゆる地域に影響が生じた。すると、「やはり国内生産が正しいのではないか」という意見も出てきた。

その後、経済産業省が「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」を発表した。2020年度補正予算案に組み込まれたもので、総額は2200億円に上る。海外に生産拠点を持つ企業が日本国内にも確保するために建物や設備を導入する費用について、国が基金設置法人を通じて補助するというものだ。費用の全額が補助されるわけではないが、補助率は大企業が費用の1/2、中小企業が2/3と高い。
同じく補正予算案に盛り込まれたものとして、「海外サプライチェーン多元化等支援事業」も挙げられる。東南アジア諸国連合(ASEAN)などにおける生産拠点や調達先の多元化を支援するもので、総額は235億円である。経産省の資料には「FS調査等を支援」とある。FSはフィージビリティースタディーの略だと思われるので、調査費用を補助するのだろうか。詳細が判明するのを注視していきたい。
私の属する未来調達研究所には、サプライチェーン関係者1万3000人強が会員登録している。意見交換会でこのような補助金による国内回帰について意見を聞くと、思わぬほど評判が良くない。
まず、実務家として、たとえ建物や設備を安価に導入できたとしても、国内生産を選ぶ可能性は非常に低い。それらイニシャルコストを軽減できても、ランニングコストですぐに吹き飛ぶからだ。それぐらい国内生産のコストは高い。
まだ可能性があるのは、後者の「海外サプライチェーン多元化等支援事業」だ。それも、現時点では支援金をどう手に入れられるのかが分からない。「調査の支援だけならほとんど意味がないのではないか」という意見があった。
「中国外し」が一転、「中国が頼み」に
現実は、国内回帰とは全く異なる方向に踏み出そうとしている。私たちが実施している意見交換会では、4月になってから興味深い意見が出てくるようになった。4月は、中国の生産が完全ではないにせよ、復活しつつあった。企業や工場によっては、「ほぼ通常に戻った」という声もあったほどだ。3月までは中国外しが議論されていたにもかかわらず、中国の生産が復活すると、どの地域よりも中国が頼みの綱という状況が誕生したのである。
中国は、まず悲劇として私たちの前に降り掛かってきた。ところが、次はまるで喜劇のように復活を果たしたのだ。これはまさに奇妙なねじれだった。
そこで、私たちは現時点での結論を出すに至った。すなわち、「中国を使う/使わない」という2項対立ではないのだということである。必要なのは、さらに生産拠点や調達先を分散させることだ。そして、それによって一層のリスクヘッジを図ることだ。私たちは、調達・購買部門を通じて、各取引先に次のような依頼を出した。
<短期的施策>
- 直ちに資金繰り表を作り、現金のショートがないように注意する。何よりも生き延びることが重要。資金繰りが厳しければ、なり振り構わず金融機関から融資を受ける。必要に応じて、私たちも支払金の決済短期化や手形の現金化などで協力する。
- マーケティング費用を削減する。さらにいえば、それを企業存続のために使う。長期的な発展にマーケティングは欠かせないが、今は死なないことが最も重要。予算うんぬんにかかわらず、まずはお金の流出をいったん止める。
- 設備投資支出を止める。途中まで進めている案件でも、ためらうことなくストップする。サンクコストとして諦めて、目の前の危機を乗り越えるために留保する。
製造業でも日本企業は平均で月商の1.7カ月分しか保有現預金を有していない。だいたい2カ月分の仕事が止まってしまえば、運転資金は底を突く。何よりも、まず「止血」に重きを置いた施策だ。これらの短期的施策で急場を乗り越えつつ、次のような中・長期的施策で将来に備える。
<中・長期的施策>
- 落ち着いたら、リスクマネジメントのために生産拠点や調達部材を分散化させる。国内回帰は答えではない。日本は災害リスクがあり、国内一極集中はむしろリスクを高める。
- 戦略部材は、在庫化を検討する。これまで「在庫は悪」といわれてきたが、今回のような緊急時に在庫を持っていたので生産を止めずに済んだ事例が報告されている。重要部材については、「在庫は悪」と限らず、在庫を有しておくのも戦略といえる。