全2693文字

 トヨタ自動車が在宅勤務制度を拡充すると報じられた。これまで事務部門に限っていた対象を、2020年9月以降は全ての総合職や一部の技術職などにも拡大するほか、工場勤務者への適用も検討するという。柔軟な働き方が認められるのは歓迎すべきことだ。一方で、同社の若手社員などから最近上がっている「自分の手を動かして仕事をしたい」という声との兼ね合いも気になる。

自動車メーカー各社が追随

 日本で新型コロナウイルスが感染拡大の兆しを見せていた20年3月ごろ、公共交通機関では盛んに在宅勤務などのテレワークを勧めるアナウンスを流していた。だが、労働者に聞かせても効果がない。経営者や管理職に伝えるべきだったし、労働組合が組合員の健康を考えて動くべきだった。結局、多くの企業では就業規則を変更する時間もなく、特例的に社員の在宅勤務を認めてきた。

 ここにきて、ようやく労使の対話が進んだ。トヨタ自動車のみならず、自動車メーカー各社が在宅勤務制度の拡充を急ぐ。もちろん、在宅勤務の対象はPCで完結する仕事が中心だし、セキュリティーなどの問題も完全には払拭できていない。社員の労務管理や、雇用の在り方(メンバーシップ型からジョブ型への移行)など課題も多い。それでも、柔軟な働き方が製造業に広がってきたことは歓迎したい。

 私はかつて、自動車メーカーの調達部門で働いていた。朝出社すると、まず机に届いたパーツリストを確認する。そして、CADツールを使って図面を出図する。あれやこれやと価格を査定して、先輩社員に意見を聞きに行く。さらに、そのまま設計者の元に出向いて、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を重ねる。

 そうこうしているうちに、取引先から到着の連絡が届く。会議室では、類似部品を前にしながら議論する。話がかみ合わないと、そのまま工場で工程などの説明を受ける。こう列記していくと、全てが「3密」の空間だった。今後は、それをリモートで実施しようとしているわけである。

 こうした自動車メーカーの業務については、10年ぐらい前から顕著な変化が生じていた。例えば、設計者に相談しようとすると、自社の社員ではない人たちが対応してくれることが多くなった。それは、取引先の設計者だった。自社の社員は、実際に図面を書くことが少なくなっていた。

(出所:PIXTA)
(出所:PIXTA)

 これは、怠惰によるものではない。自動車メーカーは法規制や環境規制など様々な課題に直面しており、それらをクリアするための上位仕様の検討に時間を割く必要があった。そもそも、自動車メーカーの設計者といっても自分だけで決定できる仕様はほとんどなく、他の部門との調整やすり合わせがどうしても必要になる。

 その結果、会議に莫大な時間が費やされ、自動車メーカーの設計者に図面を書く時間は残されていない。複雑な条件をクリアするには、部品メーカーの力を借りるしかなかった。各部門にコスト目標ががちがちに割り振られ、少しでも超過する場合は上役への説明資料の作成に追われた。

 そして設計者は、管理職かどうかにかかわらず、部品メーカーを管理する側にならざるを得なかった。スケジュールを守らせたり、品質目標を定めたり、ムダな仕様を削らせたり、と他者を統制する仕事が大半になっていた。

 あるとき、設計者と飲んでいた。その設計者は、「子供は、俺のことを技術者だと思っている。子供にとっての技術者って、漫画に出てくるロボットをつくる博士みたいなイメージ。でも、実際に俺がやっていることは、ミーティングでサプライヤーを管理したり、出図の時期を守ったりとか、そういうことばかりなんだよね」と語っていた。

 私は回顧主義者ではないし、昔に戻れるとも思わない。しかし、皮肉なことに、自動車メーカーで技術職の在宅勤務が可能になったのは、社員の管理者化による側面が大きいと思っている。業務の大半が管理や調整であれば、在宅勤務でも問題ないからだ。