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 2019年にイスラエルへ出張したとき、訪問先である同国人との面談中に本題から外れてクルマの話になった。私がかつて自動車メーカーに勤務していたと話すと、相手は「今はどのブランドに乗っているのか」と聞いてきた。私は「東京に住んでおり、残念ながらクルマを売った」と答えた。電車やタクシーを使えば、さほど不都合はない。

「近場なら電気自動車(EV)のほうが速いんじゃないか」
「いや駐車場の問題もあるけど、日本では軽自動車の方が根強い人気でね」
「米国みたいに長距離を移動するならまだしも、なぜ日本はEVに切り替えないんだ?」
「いやいや、電池の生産も問題があるし……」
「ということは、日本の自動車メーカー各社はガソリン車の未来にベットしているのか」
「いや、そうではないし、昔から日本だってEVを生産している。EVが全くないわけではない」
「では、なぜEVにシフトしないんだ」
「いや、雇用の問題もあるし、ガソリンエンジンがなくなってしまったら、それはそれで問題なわけで……」

 もごもごと話している私は、まるで日本の自動車メーカーの代弁をしているようだった。「日本は全方位戦略なんだ」と強く言ってもよかったのかもしれない。しかし、そこまで強い意志をもって戦略を決定しているようにも思えない。「古女房と愛人のどちらを取るか」と聞かれて、「両方とも好きだ」と言ってしまうダメ男に見えるらしい。私の“もごもご”が最も本質的だと映ったようだ。

全方位的なホンダから出てきた意外なEV

 ホンダは、19年7月に開催した「Honda Meeting 2019」において「2030年ビジョン」を発信した。同ビジョンにおいて、技術開発の方向性として真っ先にカーボンフリー技術を挙げている。具体的には、ハイブリッド技術の開発で培った高電圧システム技術を活用してバッテリーEV(BEV)や燃料電池車(FCV)などの性能を高めていくという。

 BEVに偏らず、FCVにも言及している。さらに、プラグインハイブリッド車(PHEV)の開発にも力を注ぐという。この全方位性に、私はある種のすがすがしさを感じた。皮肉ではない。

 そして20年8月、ホンダは新型EV「Honda e」を発表した。同社としては初の、量産EVである。バッテリー容量は35.5kWhで、航続可能距離は283km(標準グレード、WLTCモード)と短め。それでも、30分の急速充電で200kmは走れるという。

ホンダとしては初の量産EV「Honda e」(出所:ホンダ)
ホンダとしては初の量産EV「Honda e」(出所:ホンダ)
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 国内の年間販売台数目標は1000台にとどまる。量産のハードルがまだまだ高く、さらにバッテリーの調達も容易ではないだろうから、控えめに設定していることはよく分かる。ホンダ全体の売り上げからすれば、微々たるものだ。しかも、価格は451万円から(標準グレード、税込み)と、日産自動車の「リーフ」よりも100万円ぐらい高いではないか。となれば、売り上げや利益ではない狙いがあるのは間違いない。

 私はやや驚いたのだが、ホンダはHonda eにとても示唆的なフレーズを幾つも付けてきた。それは、「つながっている」「相棒」であり、まるで「リビング」のような空間であり、そして「ライバルはホームシアター」なのだという。

 極め付きは、街中での走行を前提としているという割り切りだ。遠くへの移動は「公共交通機関やハイブリッド車に任せてしまえ」とまで断言している。街乗りのクルマだから、バッテリー容量は少なくても問題ないというわけだ。