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Honda eは「シン・クルマ」か

 この説明で私が必然的に思い出したのは、故・黒川紀章さんの著者『ホモ・モーベンス』(中公新書)だ。同書は1969年に出版されたものであり、それから50年が経過している。しかし、私はHonda eの開発陣が、同書を参考にしたのではないかと勘ぐったほどである。

 例えば、日本人の住居を「ウサギ小屋」と皮肉る向きがある。しかし、この言葉は日本人が自虐的に使っている場合がほとんどだ。裏を返せば、日本人は大きな部屋にそれほど価値を感じていないのではないか。移動しながら生きることを前提とすれば、広い住居の価値は薄らぐ。

 黒川さんは「伊勢参り」など、多動国家としての日本を博覧強記に描いていく。

四畳半に住みながら小型乗用車をもっている人びとがどういう生活をしているかというと、たとえ自分のところに風呂がなくても、車に乗って銭湯に行けばいいではないかという考えなのだ。家族を乗せて風呂屋に行くとき、そこにはある意味ではだんらんの空間が乗用車の中で続いている。(中略)自分の部屋は四畳半しかないけれども、そこにはなかった新しい空間を自動車に求めているのである。

黒川紀章『ホモ・モーベンス』(中公新書)

 他にも、日本人がなぜクルマの中にぬいぐるみや嗜好品を飾るのか。これも黒川さんの論から考えると面白い。

 Honda eの話に戻すと、ホンダはまさに「自宅とクルマがシームレスにつながる」ことをイメージしたという。その上で、充電中は車内で過ごす時間がどうしても多くなるので、つまり車内をリビングのようにしたいと説明している。

 再び黒川さんの著書から引用してみよう。

日本人はまさに移動空間を、それによって自分の生活にとり込むための道具として、いち早くそれを取り入れたのではないか。(中略)車を買うと花びんをつけ、カーテンをつけ、じゅうたんを敷き、それが非常に安い小型車であっても、部屋としての装置をととのえ(後略)

黒川紀章『ホモ・モーベンス』(中公新書)

 これに呼応するかのように、Honda eには自分の好きな写真をインスツルメントパネルに表示させてパーソナルスペースを具現化できる機能がある。

 黒川さんは、人間と世界がつながることによるダイナミズムを指摘しており、ほとんど戦慄してしまうほどだ。Honda eもコネクテッドカーを標榜しており、Wi-Fi機能を備えている。

 映画「シン・ゴジラ」のシンには、“新”の他に“真”の意味もあるという。その意味で、ホンダはHonda eによってEVにおける同社なりの「シン・クルマ」を提示したといえる。